「小倉トースト」。店によっては「あんトースト」と呼ぶ。バターか、マーガリンを塗ったトーストに、たっぷりの小倉あん。トーストで挟むタイプと、上に塗るタイプがある。「ミスマッチな組み合わせ」と敬遠する人もいるようだが、塩味と甘みが引き立てあって、おいしい。この絶妙なハーモニー。一体、誰が考えたの?
まずは県喫茶飲食生活衛生同業組合(名古屋市中区栄4)へ。「くどーにゃー甘さで、愛されとる」と理事長の舟橋左門さん(64)。昭和30年代から広がり、今や名古屋のどこの喫茶店にもある定番メニューという。「名古屋は城下町。お茶文化が盛んだったため、和菓子の店も多かったのが背景にあるのでは」と舟橋さん。
手掛かりを求め、菓子パン「小倉&ネオマーガリン」を販売する敷島製パン(東区白壁5)へ。トーストではないが、小倉つながりに期待する。
「1日6万7千本を生産するロングセラー商品です」と胸を張る広報室長の石橋徹さん(50)。1975年、パンの製造担当者たちの間で、焼きたてのあんパンにマーガリンを塗って食べることが流行し、それを商品化したのだとか。
ところで小倉ネオは中部と関西の限定商品で、売り上げの8割近くが中部。関東では奮わず2007年1月、販売中止になった。名古屋のあん好きを裏付ける話である。ただしファンは根強く、出張のサラリーマンが、名古屋土産として持ち帰るほどという。
行き詰まったところで、あんかけスパゲティの取材でお世話になった名古屋に詳しいフリーライター大竹敏之さん(43)にSOSを発した。「若宮神社近くの『満(ま)つ葉(ば)』さんのはずですよ。もうなくなってしまいましたが…」
中区栄3の同神社の鳥居を出て歩くこと20秒。すぐ北隣の喫茶店「アリ」に入る。「小倉トースト発祥の店がこの辺りにあったらしいのですが…」と尋ねると、ママの伊藤早苗江さん(52)が笑顔で迎えてくれた。「ここですよ」
満つ葉は6年前に閉店し、オーナーの西脇鎮男さんも4年前に亡くなった。詳しい話を聞くため、西脇さんの弟の康之さん(70)を紹介してもらった。
康之さんの祖父母は大須で製あん業を営み、両親は栄の現・三越前に喫茶店「満つ葉」を開業した。人気メニューはぜんざい。和と洋の運命の出合いは大正10年ごろ。ハイカラブームでバタートーストを出し始めると、旧制八高(現・名古屋大)の男子学生たちが、トーストをぜんざいにくぐらせて食べていた。「それに気付いた母が、あんこをトーストに挟んだそうです」
母のキミさんは若いころ「広小路の小町」と呼ばれていたという。小野小町の心遣いに青年たちは列をなしたことだろう。キミさんは10年前、97歳で亡くなった。
満つ葉の味を受け継いだ伊藤さん。「私もあんトーストが大好き。ずっと愛され続けると思います」
(中日新聞)