2008年09月06日(土) 23時01分
<ニッポン密着>モデル農村、米作で格差拡大 秋田・大潟村(毎日新聞)
「モデル農村」「日本の食糧基地」ともてはやされた秋田県大潟村で営農が始まって今年で40年。村は長年、米作を巡り分裂し、富める者とそうでない者の格差が広がっている。8月にあった村長選は、国の農業政策のゆがみを映し出していた。
「一部の農家だけが所得を増やすのではなく、すべての農家が所得を増やせる政策が必要です」。村長選投票日前日の8月23日夜、村の商店街で、初当選を果たす新人、高橋浩人氏(48)が聴衆に語りかけた。
分裂の構図は「順守派」対「過剰作付け派」。国の生産調整(減反)を守ってきた人たちと、減反に従わず収穫を不正規流通米(ヤミ米)として出荷してきた人たちだ。村では長年、村政だけでなく農協、土地改良区で、両派による主導権争いが続く。
高橋氏と、落選した、ともに過剰派の現職、黒瀬喜多氏(63)と新人、小林肇氏(41)の三つどもえとなった選挙戦。高橋氏は「国の奨励金拡大」を求め、残る2人は「農家の自立」などを訴えた。結果は、過剰派の分裂を追い風にした順守派の8年ぶりの「村政奪還」だった。
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順守派の論客として知られる坂本進一郎さん(67)は自宅のテレビで「高橋氏当選」を見た。入植者に関する著書は10冊以上。「金持ちの過剰派のルールで村は仕切られてきたが、元に戻ってよかった」。だが、自身も苦境に立っている。
坂本さんは、自宅書斎の机に農協からの借金を記した分厚い束を載せた。「営農貸付勘定報告書/平成20年7月31日/現金貸付金243000」。同じような記載が続く。コメを売っても生活費はほとんどまかなえず、負債はこの数年で2000万円以上、農機具の長期借入金を含めると7000万円を超える。
かつて国は、食糧管理法によってコメを全量買い上げ、流通規制で統制した。コメの生産過剰に伴い、その後減反と大豆や麦への転作を進めたが、減反を守らない農家はヤミ米に走った。国は次第にこれを黙認し、食管法は95年に廃止されたが、現在も国は、転作協力農家には奨励金などで支援を続けている。
「あきたこまち」の平均卸価格は、凶作だった「平成の米騒動」(93年)の60キロ2万2900円をピークに、昨年は約6割の1万3600円まで下がった。
70年の入植以来、ほぼ減反を守ってきた坂本さんだが、4年前大豆や麦の転作をやめ、消費者へのコメの直接販売(産直)を始めた。「向こう3年で計1800万円の返済がある。背に腹は代えられない」。苦渋の選択だった。
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これに対し、過剰派の小林氏方が産直を始めたのは20年前。倉庫には、モミを玄米に精米する乾燥機や米選別機が並ぶ。仲間とつくった隣の精米施設では、積み上げられたコメ袋がトラックに次々と運び込まれる。米騒動当時、同じあきたこまちは60キロ5万円。いまでも2万円以上で売れる。
産直米の土台は67年に新潟県から入植した父収さん(68)がつくった。田んぼの土は柔らかく、トラクターがよく沈んだ。「カメになった」。亀が泥でのたうち回る姿に模してそう呼ばれた。減反政策の中、国は75年から田畑複合経営を進め、違反農家には「青刈り」を命じた。収さんは実のついた青い稲をトラクターで踏みつぶした。水はけが悪い農地での畑作は手間がかかり、作物が全滅する姿を見て転作もやめた。こうした経験が過剰派へ転じるきっかけだ。国の奨励金を受けずに稲作を拡大し仲間とヤミ米を売った。
黒瀬氏の夫正さん(64)は言う。「国の財政を考えると奨励金がいつまでも続くとは思えない。土木建設業者も同じだが、国から自立できる者が生き残る」
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入植時は平等に農地を得た入植者の格差は広がるばかり。約60戸が農地を手放し離農した半面、25ヘクタール以上の大農家がいる。国の減反政策に従った農家の経営は苦しく、それに背いた農家が収益を安定させる。皮肉な状況だ。
今月3日、坂本さんは東京・霞が関の農林水産省を訪ねた。村井正親・需給調整対策室長に「今の米価では農家の経営は成り立たない」と訴えたが、納得のいく回答はなかった。
「国の政策を守ってきたのに生活は苦しい。(長く続いてきた)家族経営の切り捨てではないのか」
そこには、農業の国際競争力強化のために大規模法人化へとかじを切る国の政策に、再び翻弄(ほんろう)される一農民の苦い思いがある。
【宍戸護、百武信幸】
【ことば】大潟村
新田開発による食糧増産を目的に64年、琵琶湖に次ぐ国内第2の広さの八郎潟(約220平方キロメートル)を干拓・造成した。湖面を周囲約52キロの堤防で囲み、約6億トンの湖水を巨大ポンプでくみ出した。総事業費は約850億円。67年以降、38都道県から計589人が入植。1人当たり農地15ヘクタールの配分を受けた。人口は約3300人。
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