2008年08月25日(月) 12時13分
亡命チベット議長に聞く(上) 「10月に中国と最後の話し合い」(オーマイニュース)
インドのダラムサラに滞在中の記者は8月16日、亡命チベット代表者議会を取材。議長のカルマ・チョペル氏が、対中関係とチベットの民主制度について語ってくれた。
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■中国は私が日本のデモを扇動したと言っている
───オーマイニュースでは3月のラサの武力鎮圧事件以降、チベット問題関連のデモや講演会、長野での聖火リレーなどをリポートしてきました。
私も、5月に東京で行われたデモ(胡錦濤・中国国家主席が来日した際のデモ)に行きましたよ。デモの前にホールでスピーチをしました。7月にダライ・ラマ法王の代理が話し合いのため中国に行ったのですが、中国側がそのデモのことを指して「議長が日本で5000人もの人を扇動してデモをした」と非難してきたそうです(笑)。
───中国との話し合いは、どのような状況ですか?
1979年にチベット亡命政府と中国政府との話し合いが始まって、すでに30年近くたちます。当時の中国代表は最初に「独立の話以外なら、何でも話し合いに応じる」と言いました。だから亡命政府側は「独立」を主張せず「中道路線」を打ち出し、チベット600万人全員の問題をすべて解決することに労力を費やそうと考えました。しかし中国側は、「チベット本土の問題は解決済みだ。問題はダライ・ラマ個人だけだ」と言う。そこに意見の相違があります。
最近の中国政府は、「チベット本土の問題は解決済みだが、亡命チベット人とダライ・ラマの話をしよう」というスタンスになっています。中国の要求を飲むなら、亡命チベット人をすべて中国に帰し昔と同じ地位・土地・権利を与えるとも言っています。その場合、「ダライ・ラマには基本的には北京にいてもらい、たまにチベットを訪れることは認めよう」と。
しかし亡命政府側は、亡命チベット人の話は最優先事項と考えていないし、中国に要求していない。そこにも意見の食い違いがあるのですが、いま現在チベット本土で、中国の支配下にあって苦しんでいる人たちの、問題の解決が最優先というのが亡命政府の意向です。
■最悪の場合、10月で対話は終了?
7月の話し合いは、「オリンピック前にダライ・ラマ側と話し合いをやりましたよ」というのを世界に見せるためだけのものでした。次回は10月に予定していますが、亡命政府としては、これが最後になるかもしれないという覚悟でいます。なぜなら30年もの間、ずっと意味のない話し合いが続いているからです。 10月の話し合いに中身がなければ、これ以上中国政府と話し合っても何の結果も出ないので、別の道を模索する覚悟でいます。
───その場合、亡命政府の路線は大きく変わるのでしょうか。
その後の具体的な計画はまだ立っていませんが、10月の話し合いに意味がなければ、ダライ・ラマ法王におうかがいを立てて、議会や内閣で話し合います。その中で計画を立てて、亡命チベット民衆に投票なり何なりで意見を聞いて、同意を得られたものを実行するという方針です。
■議会もオリンピックには一切反対しなかった
───3月にあったラサの武力鎮圧の際、ダラムサラでは議会の会期中でした。
どの国でも、議会中に何か緊迫した問題が起きれば、その議論を優先すると思います。亡命チベット議会でも、朝から晩までその問題だけを話し合いました。また、3月17日に内閣と議会が共同で緊急対応委員会を発足させ、チベット本土で弾圧を受けている彼らをどうサポートしていくか、その情報をどのように海外に伝えていくかを検討しました。
───ラサの事件の際、議会では「北京五輪支持をやめよう」という意見は出ましたか?
そういう意見は一切ありませんでした。なぜなら、亡命政府は中国を孤立させてはいけないと、昔からずっと言い続けているからです。文化・宗教・経済・政治すべてのジャンルにおいて中国を世界に参加させていけば、中国は自然と国際社会のルールに準拠していかなければいけない状況になっていきます。
ここまでで約束の時間を過ぎていたが、「いまの政治システムや現状を世界に発信するのが亡命政府の仕事」と時間を作ってくれた議長の好意で、インタビューを続行。後編では、中国が「ダライ・ラマ独裁」と非難するチベット亡命社会の民主制度について語ってもらう。
(記者:藤倉 善郎)
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