2008年08月08日(金) 17時54分
◇読者レビュー◇『「北島康介」プロジェクト2008』長田渚左著(オーマイニュース)
北島康介を知らない日本人はまずいないだろう。2004年アテネオリンピックでの男子100メートル平泳ぎ、男子200メートル平泳ぎの両種目の金メダリストだ。当時のインタビューで北島が発言した「チョー気持ちいい」は2004年の新語・流行語大賞の年間大賞を受賞している。もちろん、2008年北京オリンピックで、金メダルにもっとも近い日本人選手だ。
そんな北島を陰で支える5人のスペシャリストがいる。映像分析担当の河合正治、運動生理学および戦略分析担当の岩原文彦、肉体改造担当の田村尚之、コンディショニング担当の小沢邦彦、そしてコーチの平井伯昌(のりまさ)。通称『チーム北島』。北島は彼らのことを、畏敬(いけい)の念を込めて「鬼」と呼ぶ。
女性スポーツキャスターの草分け的存在である長田渚左が、『チーム北島』にスポットをあて、北島がいかに世界の頂点に登り詰めたのかを解き明かしたのが本書である。関係者への長期の取材により、テレビではなかなか知ることができない、北島が世界記録を出すまでの歩みと北島の知られざる一面が見える。
トップ水泳選手を育て上げる、またサポートすることの苦労、苦悩は計り知れないものがある。何しろ、世界のトップを目指すのだ。先頭集団を走っているのだから、誰かの後を追うようなトレーニングだけではダメだ。
たった1秒というタイムを縮めるために、選手にとって何がベストなのかを考え抜き、方法を模索する。話し合い、けんかし、時には賭けに出ながら『チーム北島』は進んでいく。何が問題で、どう解決したのか。競技としての「平泳ぎ」の成り立ち、技術、難しさを含め、『チーム北島』のそれぞれのスペシャリストの話を、著者がわかりやすく説明してくれる。
また、体力面だけではなく、精神面でも彼らが北島に与えた影響は大きい。スポーツ選手、特にトップアスリートと呼ばれる人は、若さに似合わずインタビューで受け答えがしっかりしている。カメラを向けられても自分の言葉で語り、また親しい人へ感謝の言葉を述べる。幼いころから勝負の世界に足を踏み入れ、自らを鍛えて大舞台での度胸をつけてきたことに加え、周囲の人間との触れ合いも影響しているのだろう。
スポーツは上達すればするほど、遠方の大会への遠征が増え、より良い練習環境が必要となる。技術的、精神的、環境的にも、コーチや親、学校関係者など、周囲の協力は欠かせない。そういう大人との触れ合い、彼らへの感謝の気持ちもまたアスリートを育てている。
私が本書で一番印象に残っているのは、『チーム北島』のひとりで、東京スイミングセンター(東京SC)のコーチでもある平井が、東京SCの今後についてスピーチした際の言葉だ(24ページ)。
「水泳さえ速ければ、他のわがままはどうでもいいという選手は、これからの国際社会や国際舞台では、本当の意味で自分をアピールできない。練習もきちんとやり、スタッフにも他人(よそ)の親御さんにも、あの子のようになってほしいと願ってもらえるシンボルを育てなくちゃだめだ」
「それはコーチや親が操縦するようなロボット選手やサイボーグ選手ではない。どんな時代になっても生身の一個人として自分の頭でモノを考えられる人間だ。人のもつ野生も失わず、人間としてのスケールも大きくないとダメだ。そういう人間を東京SCは育てないと未来がない」
なるほど北島だ、と感じた。
私のようなスポーツ好きにはもちろん、これから世界を目指そうとするアスリート、コーチにも読んでほしい1冊だ。本書を読むことで、北京オリンピックの楽しみが増すことは間違いない。
なお、タイトルに2008と記し、また、裏表紙の概要を読むだけでは完全新作とも受け取れるのだが、本書は2004年アテネオリンピックに向けて書かれたものに、その後の『チーム北島』の様子を、2008年に加筆したものだ。大幅に加筆したと書いてあるが、アテネオリンピック後の話は全体の10%程度と思われるので、前作を読んでいる人は過度な期待はしない方が良い。
『「北島康介」プロジェクト2008』
文春文庫
2008年6月10日発行
定価:600円(税込み)
240ページ
(記者:田代 啓介)
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