都内のPR会社に勤める木村満子さん(30)(仮名)は、帰宅が毎日午後10時過ぎ。結婚式を間近に控え、挙式費用などを振り込む必要があったが、昼間は銀行に立ち寄る時間がない。
そんな木村さんが利用しているのが、「インターネットバンキング」だ。ネット上に金融機関が設けた「仮想店舗」に、利用者がパソコンや携帯電話から入ると、残高照会や振り込み、金融商品の購入などができる。さすがに現金の引き出しはできないが、原則24時間営業で、振込手数料は窓口利用より安い。
「深夜でも休日でも使えるので、振り込みのためにわざわざ銀行に寄る必要がなくなった」と話す木村さんは、ネット専業銀行に定期預金も持っている。「窓口で預けるよりも、高金利だから」という。
ネットバンキングの利用が伸びている。金融情報システムセンターが2007年3月末でまとめた調査によると、回答した334金融機関の契約口座の総数は2481万件に上った。
総務省の情報通信白書でも、18歳以上でよくネットを利用する人の場合、ネットバンキングの利用率は51%(06年版)と過半数だ。「営業時間を気にしなくても良い」(62%)、「移動時間がかからない」(58%)、「手数料が安い」(51%)が主な理由。利用者にとっては手軽でお得、金融機関にとってもコストが抑えられ、双方にメリットがあることが躍進の背景にある。
だが、落とし穴もある。
「口座から知らないうちにお金が減っている」
08年3月、預金者からの連絡に、ゆうちょ銀行の担当者は衝撃を受けた。ゆうちょ銀行からのメールを装ってネットバンキング「ゆうちょダイレクト」の偽サイトに誘導し、利用者番号やパスワードなど顧客の個人情報を盗む「フィッシング」と呼ばれる手口の詐欺で被害者が出たのだ。
盗んだ情報をもとに、本人になりすましてネットバンキングを利用し、21人の口座から1300万円をだまし取った男(23)は、7月末に逮捕された。
ネットの特性を利用したフィッシングによる被害は後を絶たない。金融庁によると、ネットバンキングでの不正引き出し被害は、07年度が231件、1億8900万円で、06年度(100件、1億900万円)からほぼ倍増した。
金融機関も手をこまぬいているわけではない。
一例が、「ワンタイムパスワード」だ。端末機に6けたの数字によるパスワードが表示され、その数字が1分ごとに変わっていく。仮にパスワードを盗まれても、1分後には無効となるので口座の金を動かされる危険性は減るという。
もっとも、ネット上の犯罪手口は日々高度化しており、日本銀行決済機構局の中山靖司企画役は「ワンタイムパスワードなども、利用者との通信内容を改ざんするような『中間者攻撃』には弱いとされる。どんな方法も100%安全とはならない」と指摘する。
ネットは、家にいながら送金などができる便利な生活をもたらした一方、現場に行かずに金を盗むことも可能にした。犯罪をどう封じ込めるかの闘いが続く中、今日も巨額の金が動く。
◆連載「ネット社会」へのご意見・ご感想はこちらへ