子供の間で「ケータイ社会」が急速に広がっている。ボタン操作一つで、いつでも見知らぬ相手とコミュニケーションできる魅力。しかし、それは事件やトラブルに巻き込まれる危うさと隣り合わせでもある。有害サイト規制法が成立し、業界などがルール作りを進めているが、多くの親にとっては人ごとのままだ。その親の知らないケータイ社会に迫った。
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吹奏楽部の練習を終え、少女が帰宅すると、エレベーターホールに見知らぬ男が立っていた。
「ミカ(仮名)だね?」
少女が不審のまなざしを向けると、男はいきなりナイフで切り付けた。「やめて」。逃げる少女を、男は共同廊下の先の非常階段まで追いつめ、顔や腹部をメッタ刺しにした。
千葉県君津市で5月9日、中学3年の女子生徒(15)が襲われた殺人未遂事件。千葉県警に逮捕された無職島崎敏夫被告(36)と被害少女の接点となったのは、携帯電話サイトのプロフだけだった。
少女は自分のプロフに顔写真や住所を掲載していた。そのページにメッセージを書き込んできた一人が、島崎被告だった。「今日なにしてた?」「なに食べた?」といったたわいもないやりとり。だが、島崎被告は一方的に好意を募らせていったという。調べに対し島崎被告は「(返信がなくなり)拒絶されたと感じた」と供述している。
事件から3か月近くたった今も、少女のほおの傷は消えず、退院のめども立っていない。
「門限を破ったこともないまじめな子。なぜこんな目に……」。黒い髪を肩まで伸ばし、清楚(せいそ)なブラウスに身を包む娘の写真を見ながら、父親(56)は唇をかむ。「携帯を買い与えたのが悪かったのか?」
同級生(15)によれば、クラスの3分の1近くはプロフを持っているという。「それで事件に巻き込まれるなんて」と顔を曇らせるが、自身のプロフはやめられない。「だって、いろんな情報があって面白いもの」
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携帯サイト上のプロフやブログなどの「交流サイト」が、10代を中心に広がり始めたのは2005年ごろだ。ネット関連企業「ネットスター」が昨年7月に全国の中学生500人を対象に行った調査では、41・4%がプロフやブログを持ち、中学3年の女子では62・2%に上った。
「絡もう」。サイト上ではあいさつ代わりにこんな言葉が飛び交う。「互いに書き込みしよう」の意味だ。
プロフに顔写真と生年月日、居住地から学校名まで載せている東京都内の女子高生(15)も「みんなに絡んでほしい」。プロフを介して、携帯に連絡先を登録できた「友人」は一時は約200人に。「知らない世界の人と出会えるのは楽しい」と話す。「個人情報を載せて怖くない?」との質問には「そんなこと考えたこともない。みんなやってるし」と屈託なく笑う。
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交流サイトを巡るトラブルは増えている。
高校1年の男子生徒(16)は今年3月、女友達の名前のプロフを見つけ、ギョッとした。「男の人、連絡待ってます」という記述とともに裸の女性の画像がはり付けられ、彼女の携帯番号とアドレスも載せられていた。そのプロフを作ったのは、その4日前、自分のプロフ上で彼女と“口論”していた別の男子生徒だった。以来、仲の良かった3人は疎遠になった。「顔を見ないでやりとりすると、ついケンカが過激になってしまう」と男子生徒は話す。
「子供にとって、ケータイは自己表現でき、交友関係を広げられる手段」。赤堀侃司(かんじ)・東京工業大教授(情報教育)はその魅力を認めつつも、こう警鐘を鳴らす。「次々とサービスは出てくるが、自制心や判断力が未熟で無防備な子供は、使いこなす能力が追い付かない。いつトラブルが起きてもおかしくない」
プロフ 携帯電話などの無料サイト上で自己紹介(プロフィル)用ページを作成するサービス。メール一本で登録できる。氏名や年齢、住所、好きな音楽などのさまざまな質問事項に答える形で書き込み、顔写真も掲載できる。検索機能も付いており、打ち込んだ条件に合致した人を探し、メッセージを送ることも可能。