2008年07月17日(木) 16時47分
派遣社員への応援歌(ツカサネット新聞)
大手ポータルのニュース調査によると、「秋葉原無差別殺傷事件と派遣制度の現状は結びつくと思いますか」という質問に対し、YES→54%NO→46%という結果になった。
中には、派遣社員の立場を自分で選んだはずで、現実と想像が違ったとしても派遣社員であることを理由にするのはどう考えても間違いだという意見もあった。当然正論で、今回の事件が直接派遣労働に起因することではない。
しかし、労働環境の変化が心の荒廃を招きその原因の一つとして派遣労働も含まれるということは言えるだろう。そして秋葉原の事件はそれが遠因であることは否定しがたい現実である。
私たちは、「個人の尊さ」「平等な権利」「差別のない社会」を学校で学び、その全てが否定されたり疑問をもたざるを得ない社会の歪みのなかで生きている。都市での生活では、個人は集団に埋もれ、夢と目標の境目を見失う。地方では所得水準が低い中、全国統一価格の物価で貧困にあえぎ、未来のない毎日を生きる。
もちろん派遣労働にも利点はある。
特殊な技術や専門知識の必要な業務がこなせれば、所得に直接繁栄する。ひとつの場所に腰を落ち着けることのできない性分の人は、定職に就くとき職場を転々としていたら敬遠されるが、派遣なら相互に利害が一致する。自分に適した仕事を見つける旅だと思う人もいるだろう。
しかし多くの人は、定職につきたくとも就けずそれでも生活のために仕事を求め、やむを得ず派遣を選んでいる人も多い。
ここまで仕事につく方法として広がった派遣労働は、どのようにして社会に根付き、そしてどのような問題を抱えているのだろうか。
人材派遣の労働者派遣法は業務処理請負業として、職安法により間接雇用が禁止されていたものの、人材派遣会社が違法な労働者の派遣を行っていた状況で、労働者の保護を図る方が好ましいと判断し、ドイツやフランスの関連法をモデルとして制定するに至った。
参考とされたドイツやフランスの関連法だが、フランスでは「正規雇用者と同額の時間給を支払わなければならない」というルールや、雇用が不安定であるので10%上乗せした給与を支払わうことが義務化されているが、日本においてこれらのことに触れず、派遣先・派遣元企業に対する規制が杜撰であり、グッドウィル等の問題が起きる結果となっている。何故参考としながらこのような雇用の安定を図る部分を欠いて制定されたか・・・制定時より問題はあったといえる。
さらに小泉政権下、業務の効率化のために人材派遣の自由化を望む企業の声に応えるかたちで2004年3月、派遣期間上限の延長(1年から3年)や、専門性の高い一部業務での期間制限の撤廃、製造業務への派遣解禁などが盛り込まれた。不安定な雇用期間を延ばし、スペシャリストという仕事の価値を落としものづくりの根本を揺るがすという、将来に歪みを与える改正となった。
その結果、一定の条件下で企業が正社員に切り替えることが可能となり、労働組合からは「使用者責任を免罪化する」「派遣法の規制規定が不十分」という指摘がなされた。
企業にとって都合の良い改正後、大企業が子会社やグループ内に派遣会社を設立し、労働者をグループ内の企業のみに派遣するという、法令遵守を問われる派遣方法が広がった。
今年3月に実施された厚生労働省調査では、大企業グループ内の259の派遣事業所のうち244事業所が回答した結果によると、1カ月間に派遣した労働者の、グループ内への派遣比率が80〜99%の事業所で37.2%に上った。
この「専ら派遣」は、本来正社員などで雇うべき人を、不安定な派遣労働者として働かせるおそれがあるので禁止されている。ただグループ内だけでなく、他企業にも一部の労働者を派遣するなどしていれば違法にならない。法の抜け道が予め用意されていたのである。それでも、80%以上グループ内に派遣するというのは違法行為というべきだろう。法令制定時より労働組合が意見していた問題点が現実になったのである。
働くものにとって環境は悪化し、企業にとって都合の良い法律と言われてもしかたがないのではないだろうか。立法時より欧州での派遣労働の取り組みを日本でも取り入れていたらどうなっていただろう。
派遣社員には正規社員と同額かそれ以上を支払い、企業が支払う総額はガラス張りの上、派遣仲介料は10%未満と定められ、2年を越える雇用の場合は直接雇用する義務を課せば、自ずと業務拡大や専門的知識や技術が必要な時に派遣労働は、労働力として重要な位置を占め、派遣会社は、企業の純粋な成長や事業の具現化のための重要な即戦力集団となっていただろう。
しかし現実には、企業の端的な経費の削減及び利益の追求、雇用責任の逃避のために派遣労働が利用されている。実際日本では派遣労働者の90%以上が、正規社員以下の賃金で働き生活し、派遣会社は利益率の高い企業として成長してきた。
労働者派遣法の改正と同じ時期、日本の独特の問題点についても変化がおきている。
厚生労働省が行う人口動態統計の死因別死亡者数をみると、失業と自殺の平行推移していたが、2003年に入ると失業者数がそれほど増加していないにも拘わらず、自殺者数が急増している。そしてその特徴として若者や40歳代以下の層の自殺の増加が上げられる。2004年11月以降、失業者数は低下傾向でありながら自殺者数増加という事態となった。小泉政権下で企業にとって都合の良い改正がこの年の3月にあったというのは偶然の一致としては皮肉すぎる。
2007年には30歳代〜40歳代が増加し、特に30歳代は最大値を更新している。先日発表された自殺に関する統計調査では、「うつ」などの健康問題と経済生活問題を理由にした自殺が全体の70%を占めている。
派遣労働は、企業の利益追求の結果広がり、定職からこぼれた人々が派遣登録し、企業の利益追求の下支えをしているという、悲劇のような格差社会の温床となってしまった。そして企業の利益追求は株主還元として投資家へ渡り、金は持つもの同士で回されるという格差の広がりを増幅する要因と映る。
これらから、格差の広がりが自殺増加の理由の一つに上げられ、労働環境の変化が遠因であることは否定できない。
決してどれだけ自分が不遇であったとしても、無差別殺傷はそれらの解決方法ではない。
新しい価値観は歪みも生む。その点について言えば彼も被害者であったろう。ただし、ネットの世界には歪みを埋める術は存在しない。歪みの中の被害者であっても、鬱憤を晴らすために人に危害を与えてはならない。
確かに派遣労働には血の通わない企業の都合が押し通される部分もある。それに対向しうる権利は与えられていない言えるだろう。労使の不均衡な関係は是正される必要があり、同じ仕事をするならば、直接雇用の社員と同額以上の報酬は、企業の都合に対して当然の報酬となるべきだろう。
それとともに、企業の社員に対する派遣労働の割合によって法人課税を変えることも企業の姿勢に変化を与える機会になるかもしれない。
もし派遣会社登録には労働組合加入を必要だとしたならば、そしてもし、その労働組合が権利の主張を唱えたならば、国内のあらゆる業種において企業は、その姿勢を翌日には改めなければならないほどの潜在力があることを、派遣労働に携わる人々には自覚してほしい。それは、自殺者を減らし、凄惨な事件の遠因に上げられる事も無くなり、孤独と戦う必要のない社会への近道かもしれないのだから。
2006年派遣労働者数321万人。連合組合員数約670万人。
厚生労働省:統計調査結果
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(記者:竹山壽)
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