2008年07月17日(木) 15時08分
子ども達を守りたい・NZの虐待防止教育【2】(ツカサネット新聞)
YESの担当警察官ジュリー・トンキン氏が教室に入ってゆくと、顔見知りの子どもたちが挨拶をする。
「こんにちは、ミスター・トンキン」
「やあルーシー、こんにちは」
トンキン氏はにこやかに微笑みながら、教室をまっすぐ横切って、教師席に腰を下ろす。ここは、11歳から13歳、最上級のクラスだ。ほぼ全員が、過去に何度も「教室に警察官が来る」という状況を経験している。制服を着たトンキン氏の存在は、当たり前のように子どもたちに受け入れられていた。
ニュージーランドで1987年から実施されている「KOS」(Keeping Ourselves Safe)は、子どもに対する虐待防止教育プログラムだ。広い意味での安全教育プログラムの中に、かなりの比重で、虐待に関する項目が含まれている。ニュージーランド警察が独自に開発したもので、教育の現場に警察官が入り、教師や学校サイドと連携を取りながら実施する。実施の担当は、「YES」(Youth Education Service)と呼ばれる、警察内の専門部署だ。
この日の授業のテーマは、「安全な選択肢を選ぶ」だった。トンキン氏は、まず物語を読む。ひとりで留守番をしている女の子の、一人称で書かれた物語だ。
『一人で留守番していたら、家の門から知らない男が入ってくるのが見えた。足下がふらついている。酔っぱらいか、それとも具合が悪いのか。男が呼び鈴を鳴らした。私、どうすればいいんだろう……』
物語はここで終わる。トンキン氏は子どもたちに問いかけた。
「さあ、君たちだったらどうする?いくつかの選択肢があるね。思いつくだけの選択肢をあげて」
子どもたちの中から次々に手が挙がる。こういった場面での積極性には、いつも驚かされる。ニュージーランドの子どもたちは、低学年の頃から自分の考えを人前できちんと言えるよう訓練されていることが多い。
「隠れる」
「ドアを開ける」
「警察に電話する」
「窓から様子をうかがう」
「親の携帯に電話する」
「ドアを開けて、何かで殴ってやる」(それは犯罪だよ、とトンキン氏は言い添えた)
「近所の人に電話するのはどうかな」
「いないふりするのは?」
「二階の窓から何か落として気絶させちゃうとか」
続いてトンキン氏は、プリントを取り出した。担任のスー・シャンド先生がそれを配る。授業をリードするのはトンキン氏だが、先生たちも必ず同席する。
プリントには、4つのマスが記されている。トンキン氏は、集まった選択肢の中から4つを選び、それぞれの「良い結果」と「悪い結果」を書くように指示した。子どもたちは、真剣に考え込んだ。例えばこんな感じだ。
◆親に電話する 〜良い結果:アドバイスをもらえる。
悪い結果:パニックになるかもしれない。
◆警察に電話する〜良い結果:助けてもらえる。
悪い結果:警察が来るまで時間がかかるかもしれない。
◆ドアを開ける 〜良い結果:その人と話したら、悪い人じゃないとわかるかもしれない、病気だったら助けてあげられる。
悪い結果:殺されたり、傷つけられたりするかもしれない。
◆ドアを開けない〜良い結果:その人はすぐに立ち去るかもしれない。
悪い結果:閉じ込められ、逃げ場が無くなる。
これも一通り子どもたちに発表させる。その中で、子どもたちは、どういう選択肢にも良い結果と悪い結果が起こりうるけれども、少なくとも自分一人で判断するよりは誰かの助けを借りた方がよい、ということに気づく。人の助けを借りれば、悪い結果の重大性が変わることに気がつくのだ。一方的な講義ではない授業展開ならではの、力のある『気づき』だ。
トンキン氏は、「じゃあ、最良の選択肢を選んでみようか」と言って、「親に連絡する」「警察に電話する」を選んだ。警察へ通報するための電話番号もあらためて伝えた。
危険を察知する方法と、助けを求める方法を教える授業だった。このことは、KOSの全レベルに渡って繰り返し伝えられるメッセージだ。この授業では、特に虐待について触れたわけではなかった。だが、広い意味での一般的な安全教育の中にも、虐待されている子どもたちに有益なメッセージは含まれていたのだ。つまり、「誰かに話しなさい」ということだ。
だが、現実に虐待を受けている子どもたちの場合には、カミングアウトを阻む強烈な負のインプットが虐待と同時に行われることが多い。それが「秘密」という概念だ。このことは今回、5〜7歳向けのプログラムの中で取り上げられていた。
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(記者:江頭由記)
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