6月の八街市を車で走ると、広い畑に若葉が並んでいるのを見かける。5月の末に種まきした落花生だ。夏に咲く黄色の花がしぼむと、その下から子房柄と呼ばれる茎が伸びて土に刺さり、地中にサヤができる。落ちた花から実ができるように見えたのが、名前の由来だそうだ。
硬くても軟らかくても南米原産の落花生は、18世紀に中国から「南京豆」として入ってきたが定着せず、明治期になってアメリカから輸入した大粒種が広まった。収穫量1万3800!)d(平成19年)と国内生産量の約7割を占めている千葉県の中でも、千葉市の東隣に位置する八街市は有数の産地。生産農家の主婦、古谷政江さん(61)に話を聞いた。
「収穫は秋。でも、掘りたてを干したのを水で戻せば、年中食べられるのよ」と言う。
私たちが普段、口にしているのは炒った落花生か、むき身にして油で揚げたピーナツ。サヤ付きも、そのまま炒ってある。保存がきかないため、乾燥させてから流通している落花生だが、その料理があるというのは、新鮮な生の豆が手に入る産地だからだ。
簡単なのが、ゆで落花生。生の落花生を沸騰させた塩水でゆで、そのまま食べる。すぐできるとはいえ、ゆで落花生には生卵と同等のたんぱく質、約7倍のビタミンE、約5倍のビタミンB1が含まれている。30粒でご飯一膳分ほどのカロリーだ。
定番の煮豆は、このゆで落花生を水で煮て、砂糖を入れるだけ。
古谷さんオリジナルの落花生豆腐も手軽だ。落花生と水をミキサーに入れて液状に。溶いた葛を加え、とろみがつくまで煮詰め、型で冷やすとできあがり。コツは「食感を楽しめるよう粒を残すこと」。
祝いの日には赤飯を作る。ササゲの煮汁で色づけしたもち米に、ゆで落花生とササゲをまぜて蒸し器でふかす。ふっくらと炊き上がった薄紅色の米の上に、落花生がツヤツヤと輝いている。
「生ではなく、炒った落花生で作る“落花生”みそ もありますよ」と古谷さん。まず皮付きの生落花生をサラダ油で炒る。一般家庭なら市販の炒り落花生を用意。火にかけた酒に砂糖、古谷家の自家製みそ(市販なら赤みそ)を入れてとかし、落花生をからめれば完成だ。
古谷家で使う落花生は、もちろん自家栽培。最高級品種の「千葉半立」は脂分が多いので炒める落花生みそに、淡白な「ナカテユタカ」は煮物や赤飯にと使い分ける。
北総の土、風が生み出す高品質の秘密は土壌にある。明治期に「佐倉茶」の一大生産地だった八街の町には、今も製茶業者や防風林の茶の木が残っている。茶作りには水はけのよさが必要だ。
「このあたりは関東ローム層の火山灰で、土が軽いんです」と古谷さんが言うように排水がよく、子房柄が刺さりやすい。静岡や鹿児島で茶と落花生の生産が盛んなのも、火山灰土と相関性がある。
また、北総台地の八街には強い北風が吹く。収穫期の10月〜11月、脱穀前の落花生を畑に積んでワラをかぶせる「野積み」(地元では「ボッチ」と呼ぶ)の光景が、この地の風物詩になっているが、強風が乾燥に味方し、1か月ほど干すとうまみが増すという。
北総台地に開墾の鍬が入ったのは明治維新後。茶や麦、落花生が試された。開墾の順番で初富から十余三まで1〜13の数字のついた地名があり、八街は8番目という意味がある。
「二毛作ができない落花生は、実は利益率の高いスイカやニンジンの2番手が多いんです」と言うのは、落花生の小売店「ますだ」の社長、増田繁(67)さん。後継者問題や中国産との競争もあると、これからを心配する。一方で、家庭に親しまれてきた“八街の落花生”は、ブランド名「八街産落花生」登録が特許庁により認可され、品質重視の傾向は強まっているとも。
食卓に料理が並んだ。まず、ゆで落花生と煮豆の軟らかさに驚く。落花生みそをつまむと、千葉半立の大粒はカリカリと歯ごたえがあり、粘り気のある甘めの自家製みそとよくからんで、何個でもいけそうだ。赤飯とも合う。落花生豆腐は葛の中にほのかに豆の香りがして、細かい粒が舌先にあたる。高栄養価の豆づくしで満腹だ。
古谷さんに収穫時の写真を見せてもらった。開拓の話を聞いた後では、畑に点々とする野積みは、どこか北海道のサイロを思わせる。この素朴な風景を見に、そして取れたての豆を口にするために、秋にもう一度訪れようと決めた。
(文/福崎圭介 写真/佐藤新一)
旅行読売8月号よりhttp://www.yomiuri.co.jp/tabi/gourmet/fudoki/20080710tb01.htm