2008年06月30日(月) 19時36分
加藤容疑者は殺害する口実を探していたのか?(オーマイニュース)
秋葉原の通り魔殺傷事件から20日がたった。現場となった秋葉原は事件から1週間後には重い空気が漂っていたが、すっかり日常の雰囲気を取り戻しつつある。私は、多くの若者たちと事件について話し合った。この記事は、それらを整理し、考えたことをまとめたものだ。
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■なぜブログではなかったのか
加藤容疑者は携帯サイトで書き込みをしていた。犯行予告を含めて、日常の思いを細切れにして連続投稿していた。なぜブログではなかったのか。ブログであれば、一定の思考をまとめて書くことができる。掲示板にこだわったのはどんな理由なのか。ある男子大学生は言う。
「ブログよりも掲示板のほうがアクセスが多かったからではないでしょうか」。
加藤容疑者の書き込み内容は個性が強くはない。だとすれば、埋もれてしまう。不確定だが、不特定多数の人とつながるために、掲示板を選択したのではないか。
■「彼女」の存在
加藤容疑者の書き込みの中で、こだわりの1つは「彼女」だ。加藤容疑者にとってどのような意味があったのか。
「イカ京(いかにも京大生)のように、モテない人の集まりに入ってしまえば、それはつながりになる。彼らは幸せそう」
とある大学院生(20代)の女性はいう。たしかに、「ネタ」になれば、非モテはつながる理由にはなる。しかし、そうしたつながりを持てない。彼女がいないどころか、友達もいなかった。
加藤容疑者をアダルトチルドレン(AC)だとする見方がある。機能不全家族の中で育った子どもたちのことだ。
『週刊現代』(6月28日号、7月5日号)に掲載された「弟の手記」には、教育に厳しい母親で、テレビ禁止(許可されたのは『ドラえもん』と『日本昔ばなし』、また金曜ロードショーの録画)、ゲーム制限(土曜日に1時間)、男女交際の禁止、といった経験が書かれていた。
過干渉で過度な教育家族で育ったのであれば、承認欲求があるのだろう
また、別の面もある。産經新聞によれば、出会い系サイトで知り合った女性がいた。その女性にはこう言ったという。
「生きていれば何とかなる」
女性の役に立とうと、相談に乗っていた。承認されたかったのと同時に、誰かを承認したかったという両側面があったのではないか。
■「絶望がないはずがない」
さらに加藤容疑者にとっての「彼女」は、もうひとつの意味があったのではないかと、元派遣社員の男性(20代)は言う。男性は、自動車工場の派遣労働の経験がある。
「そうした現場では絶望がないはずがない」
という。ただ、男性が辛うじて自分を保つことができたのは、ゲームにはまったからで、自殺をしないで済んだ。そして、そんな男性に好きな人ができた。
「好きな人のために、現状のきつい状況から抜け出したいと思えた」
男性にとって「好きな人」は、現状を抜け出すエネルギーになった。加藤容疑者にとっても「彼女」は、厳しい状況から脱皮する力として利用したかったのかもしれない。
■世界を終わらせる口実?
加藤容疑者を語るキーワードはたくさんある。携帯サイト、非モテ、派遣労働、絶望感、思春期の挫折、AC……。しかし、事件を起こす背景としては語ることができても、事件の理由にはならない。
私はこの事件で思い出した本があった。10年前に出版された『美しき少年の理由なき自殺』(宮台真司、藤井誠二・共著、メディアファクトリー、『この世から消えたい』と改題して、朝日新聞で文庫化)だ。
主人公S君は、加藤容疑者とは逆で、イケメンでモテる男だった。しかし、予定調和のコミュニケーションを嫌い、最終的には自殺してしまう。
そのS君は遺書でこう書く。
「私が仮に自殺を遂げた場合、周囲の人々は私の決意のきっかけとなった過去における出来事や挫折体験や驚愕体験を探し、それに基づいて適当な物語を作り出すだろう」(p128)
「私の内部の深部にはかなり昔から死を引き起こしうる火種がたくわえられていて何か次の刺激や衝動を受けるとすぐに引火してしまう状況だったことはあたっている。死ねる口実、死を選ぶ理由がやってくるのを待機している」(p130)
S君の自殺には理由はない。あえていえば、「死ねる口実、死を選ぶ理由」を待っていた。それと似たように、加藤容疑者もすでに世界をあきらめており、「殺害する口実、殺害を選ぶ理由」を探していた、と考えることもできるのではないか。
(記者:渋井 哲也)
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