「新釈 走れメロス」。こんな表題の小説が昨年、世に出た。著者は国内屈指のコメディー小説家森見登美彦さん(29)(京都市)。メロスの物語を、現代の大学を舞台に再現した。
メロスと言えば、教科書でおなじみの太宰作品。処刑が決まったメロスは、妹の結婚式に出席するため王に3日の猶予を求め、親友を人質に。そしてメロスは約束通り戻るため、いちずに走り続ける。
新釈版でも、学内のボスの前で、主人公と人質の学生が「戻ってくる」と固い約束を交わすところまでは同じ。ところが、主人公はあっさり約束を破り、漫画喫茶で「北斗の拳」を読みふける。手下を放って無理やり連れ戻そうとするボスと、ひたすら逃げる主人公。何だこりゃ。
「みんなが知っている作品を変な風に書いて笑わせたいと思ったら、こうなりました」と森見さん。
中学生の時に、授業でメロスの朗読テープを聞かされた。森見さんが初めて触れた太宰作品だった。「ストレートに愛とか友情とかでしょう。恥ずかしくて耳をふさぎたくなった」
それでも、テープの女性は、お構いなしに感情を込めて読み上げた。「濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。メロスは、ざんぶと流れに飛び込み」。この瞬間、同級生も同じ気持ちだったのか、教室中が爆笑した。先生の思いやいずこ……。
だが、執筆時に改めて読み返すと、太宰の驚くべき筆力を見せつけられたという。まず、リズムがいい。文章が次から次へと畳みかけるように続き、自然に作品に引き込まれていく。
新釈版でも、太宰の筆致に近づくように推敲(すいこう)を重ねた。「まるで一晩で書いたかのように読めるようにと思ったのですが、やっぱり2週間かかったんですよ」
思えば、太宰のパロディーは実に多い。井上ひさしさんは戯曲「人間合格」、重松清さんも「桜桃忌の恋人」という短編を書いている。
草葉の陰で太宰もお怒りか。いや、太宰本人も井原西鶴のパロディー作品集「新釈諸国噺(ばなし)」を出版している。いじられ続けるのも、太宰が今に生きている証しでは。