2008年06月14日(土) 13時39分
溶けた400億円 リーマン手玉の「ニセ丸紅」投資ビジネス(産経新聞)
病院再生ビジネスを謳い700億円を集めた新興企業が破産し、400億円超の資金が償還不能となった。投資説明には「丸紅」の会議室が使われ、「部長」が出席し、丸紅が元本保証するかのような稟議書が示された。が、稟議書は偽造で、「部長」は偽者だった。生き馬の目を抜く印象がある米証券大手をも手玉に取り、何百億円と吸い上げた巨額詐欺疑惑。資金が病院再生に投じられた形跡は薄い。400億円はどこに消えたのか。(坂田満城、川畑仁志)
最悪被害受けた「リーマン」が訴えた相手は「丸紅」
東京都中央区にある「アスクレピオス」という企業が裁判所に破産を申し立てたのは3月19日のこと。
知名度が皆無に近いこの企業の破産が大きく報じられることはなかったが、水面下では関係者の利害が激しく錯綜していた。その濁流はまもなく表面化する。
「病院再生事業」を謳って巨額の投資を募っていたアスクレ社は700億円を超す資金を集めていたが、破産に伴い400億円超が投資家に償還不能となってしまったのだ。
さまざまな企業や個人がアスクレ社側に投資していたが、最も大きな被害を受けたのは米証券大手「リーマン・ブラザーズ」だった。リーマンの出資額は371億円。そのうち実に320億円余りが回収不能となり、焦げ付いてしまった。
リーマンが黙っているわけがない。351億円の支払いなどを求める訴訟を提起した。
ところが、訴訟の相手は資金を集めたアスクレ社ではなく、総合商社大手の丸紅。なぜ丸紅が「被告」になるのか−?
複雑な経緯を、順を追ってたどってみよう。
病院再生ビジネスで投資求めたアスクレ社
アスクレ社は平成16年9月に設立された。社長だったS氏(46)は投資事業組合を使った資金集めでアスクレ社の業績を上げ、昨年9月、株式交換で東証マザーズ上場の医薬品開発会社「LTTバイオファーマ」(東京都港区)の100%子会社になった。
S氏は株式交換に伴ってLTT社の大株主となり、取締役にも就いていた。
順調な成長をみせたアスクレ社が主な業務としていた「病院再生事業」は一般には耳慣れない業務だが、投資銀行筋からは「やり方次第で大きな利益が上がるビジネス」とみられている。
アスクレ社が描いたビジネスのスキーム(枠組み)はおおよそ以下のようなものだ。
《経営難に陥っている病院に資本を投下し、建物の改築や機器の入れ替え、薬品の仕入れ先の見直しなどで効率化・コストダウンを推し進め、経営を再生させる。そこで必要となる資金の調達には、再生する各病院の案件ごとに投資事業組合を組成し、その組合に対し投資銀行などが出資してくれるよう働きかける。病院再生が成功して経営が軌道に乗れば、利子を付けて出資元に償還する》
だが、投資銀行などカネを出す側からすると、アスクレ社も、アスクレ社が事実上支配している投資事業組合も、「聞いたこともない会社と組合」も同然。信用力は乏しかった。投資の受け皿としては物足りなさが残る。
そこで登場するのが丸紅なのだ。
丸紅会議室で説明、「ライフケアビジネス部長」「財務部長」も同席
アスクレ者側から投資家には、丸紅との密接な関係が示された。
その具体的な様子を関係者の証言で再現すると—。
例えば、丸紅が元本や分配金を保証するかのような稟議書が提示された。
さらに、納品請求受領書も。
業務委託契約書。
投資対象案件に対する覚書…。
一部の文書には丸紅の「ライフケアビジネス部」の部長印が押され、丸紅副社長の名前が入った文書も提示され、これらが投資家に提示された。
しかも、アスクレ社が投資説明の場に指定したのは丸紅本社の会議室。
そこには丸紅の「ライフケアビジネス部長」や「財務部長」が同席することもあり、丸紅の嘱託社員2人も契約当事者として出席していたこともあったというのだ。
東証1部上場、資本金約2600億円の丸紅は18年3月期の連結売上高8兆6865億円を誇る。アスクレ社の投資事業組合がこの大商社と“組んでいる”のであれば、信用力はケタ違いにアップする。巨額の投資も期待できるわけだ。
「失礼ながら、丸紅との関係がなければ、あんな訳の分からない案件に投資することはなかった。こちらは実質的に丸紅と契約しているという認識だった」
アスクレ社の投資事業組合に出資したある投資銀行の幹部はこう明かし、投資家側にとって“丸紅ブランド”がいかに効力を発揮したかを示している。
こうして、アスクレ社側の投資話に乗ったのは、少なくともリーマンを含む外資系金融機関4社や十数人の個人投資家たちだった。その額は総計700億円を超えた。
文書は偽造、「財務部長」は偽者
ところが−。
アスクレ社の破綻で状況は一変する。
投資家に示された丸紅絡みの文書は全て偽造だと判明し、「ライフケアビジネス部」の部長印も偽造されたものだったことが分かったのだ。
しかも、投資説明の場に同席した「丸紅部長」は偽者だったことも判明するのだ。
契約当事者として同席した丸紅嘱託社員2人は“本物”だったが、彼らは「(アスクレ社側から)頼まれた」と言い、丸紅から懲戒解雇された。
なぜアスクレ社のような新興企業が丸紅本社の会議室を使ったり、社員を同席させたりすることが可能だったのか。
もともとアスクレ社は医療機器の販売などで、丸紅と一定の取引があり、人的つながりがあった。が、それ以上に重要なのは、登場人物の相関関係である。
アスクレ社の親会社になったLTT社の元社長、Y氏(34)は丸紅の出身なのだ。丸紅ライフケアビジネス部の課長を務めていたが、取引のあったLTT社幹部に仕事ぶりを買われ、19年6月にLTT社の社長として迎えられたとされるのだ。
同席した嘱託社員はY氏と同僚・後輩だった。このためY氏から頼まれて、会議室の使用や同席に協力したらしい。
これで、「なぜ丸紅なのか?」のナゾは解ける。
320億焦げ付きのリーマン 丸紅反撃「おかしいと分かるはず」
「丸紅の管理監督下にある従業員らによってなされた、極めて悪質な、信用と名声のある一流企業の社員が行うとは思えない詐欺行為だ」
320億円をむしりとられたリーマンは、こう言って丸紅を厳しく非難している。資金支払い訴訟では、懲戒解雇された丸紅の嘱託社員2人の存在に焦点を当て、丸紅の使用者責任を追及する方針だ。
対する丸紅側も黙っていない。
(1)契約書や印鑑は極めて稚拙で、不審に思って然るべき
(2)契約書ではリーマン側が得る金利は年率25%という異常な高金利となっており、商取引の“常識”からすれば著しく不自然
丸紅側はそう主張し、「リーマン側の主張する取引自体がすべて架空で、会社として一切関知していない」と反論している。
リーマン側には大物ヤメ検弁護士が付き、丸紅側も“大弁護団”を組んで徹底抗戦の構え。事態は泥沼の様相となっている。
靖国神社近くの寂しい取引先…カネは還流していた
リーマンと丸紅の泥仕合はともかくとして、アスクレ社側に投資された巨額のカネはどうなったのだろうか。
集められた資金は、アスクレ社と親密な関係にある東京都千代田区の建築設計コンサルティング会社が配分し、病院に投資されるというスキームになっていた。
このコンサル会社は、靖国神社近くの雑居ビル4階に入居している。人の気配はほとんどない。何百億円という規模の投資事業の一端を担っていた企業とはとても思えないほど、寂れた印象だ。
取材を申し込むと、社長のT氏が自宅近くの喫茶店で対応した。資金はきちんと病院への投資に回していたのか−?
「(アスクレ社が事実上支配する)投資事業組合から入ってきた資金は、すべてアスクレ社に送っていたんですよ」
T氏は意外な説明を始めた。アスクレ社のS氏の依頼を受け、アスクレ社へ資金を環流させる操作を行っていたというのだ。
T氏によると、アスクレ社との間でこうした取引を始めたのは平成17年度からで、18年度から本格化。LTT社のY氏とは業務で面識があったが、そのY氏からアスクレ社のS氏を紹介されたという。
投資事業組合からの入金は「仮受け」の形で、アスクレ社へは「業務委託」として送金していた、と説明した。
ただ、T氏は「理由は分からない」と繰り返し、自身の不正への関与を否定するとともに、S氏の主導だったと強調した。
ビジネススキームに反し、アスクレ社はなぜ投資事業組合のカネを還流させていたのか。
還流されたカネはどこへ流れたのか。
不可解な資金操作のカギを握るアスクレ社のS氏は現在、海外に滞在しているとされる。
LTT社のY氏は取材に応じていない。
そうした中、丸紅のニセ財務部長を演じた男性が、産経新聞の取材に応じ、重い口を開いた。
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