日曜日の午前9時半。JR三鷹駅南口に、太宰の顔が入った青い幟(のぼり)旗が掲げられた。にわかに観光客が集い始める。瞬く間に約30人に膨れあがった。
幟の主は、市民有志でつくる「みたか観光ガイド協会」。春から秋の第4日曜日に、太宰の足跡を案内している。参加費はタダ。予約は不要。雨天決行。ガイドたちも駅に行くまで、どんな人が何人ぐらい来ているのか、全く分からない。
「天気がいい日だけ歩きたい人もいる。体調が悪ければやめればいいし、こういう形なら、気軽に参加できるでしょう」。代表の小谷野芳文さん(68)は、心底楽しそうだ。
玉川上水や禅林寺などを巡って2時間半歩く。最後は希望者で昼食を囲み、太宰トークで親交を深めた。
いま、協会にいるガイドは約40人。彼らはべつに市から頼まれたわけではない。謝礼ももらっていない。1999年8月、突然、駅前に立ち、勝手に太宰のガイドを始めたのだ。
小谷野さんは98年に、約40年間勤めた信用金庫を定年退職した。仕事一筋の会社人間。三鷹のことは全く知らなかった。近ごろ、地域に戻れない団塊世代が気遣われているが、小谷野さんはそのはしりだった。
「少しでも街のことを知りたい」と思って、市民団体主催のガイド養成講座に顔を出した。そこで似たような仲間と出会って、三鷹にゆかりのある太宰を読み始めた。気が付けば、駅前の“赤ちょうちん”へ繰り出すようになった。妻には「勉強が長引いちゃって」と言っていたけれど。
講座を修了しても仲間の結束は固い。「このままで終わってしまっては無念だ」と、本当にガイドを始める決心を固めた。
ガイドは各自で資料を集める。解説も人によってまちまち。みんな自分の個性で説明するから「何回来ても、違った解説が聞ける」と、評判になっている。
例えば、心中相手。あるガイドは太宰と心中した愛人を悪く言う。別のガイドは、「その愛人こそ太宰を陰で支えた」と絶賛する。
39歳で死んだ太宰は、平成のシルバー世代の解説をどう聞くだろう。