2008年06月12日(木) 07時50分
【特報 追う】より高給、より望む職求め県外へ(産経新聞)
「負け組は生まれながらにして負け組」「私は要らない人」「他人に仕事と認められない底辺の労働」−。東京・秋葉原の無差別殺傷事件で、殺人未遂の現行犯で逮捕された派遣社員、加藤智大容疑者(25)は犯行前、携帯電話の掲示板にこのような書き込みを続けていた。特に目立つのは、自らの立場に対する不満だ。職を求めて故郷の青森を離れ、その境遇を悲観したうえで犯行に及んだ加藤容疑者。不況下、その加藤容疑者が離れた青森で職を求める若者は、自分の置かれている環境をどのように考えているのだろう。(豊吉広英、荒船清太)
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青森市中央のハローワーク青森。外に掲示された求人情報の掲示板をひととおり眺めて、普段着の男女が入っていく。フロアには求職情報が表示される30台ほどのコンピューターの端末。その約2割を若者が占拠し、新たな職を探していた。
「加藤容疑者は、人のせいにし過ぎじゃないですか」。青森市に住む無職、工藤幹士さん(29)はこの日、ハローワークで、群馬県にある工場での4カ月間の労働契約を結んできた。市内の高校を卒業後、鉄骨関係の会社に就職、月給十数万円で生活してきたが、子供が幼稚園に入園。もっと稼げるところを、と考え転職を決意したのだという。そんな父親の立場から、今回の事件は許せなかった。「高卒だって就職できたのに、短大まで出てできないはずがない」
実は、加藤容疑者は平成19年1月、青森市内の運送業者にパート社員として入社後、4月に正社員に昇格していた。しかし、その年の9月、突然退職を申し入れた。事件直前に働いていた静岡県内の自動車工場に派遣社員として採用される2カ月前のことだった。
運送業者退職後、加藤容疑者は、若者の就職支援を行っている青森県若年者就職支援センター「ジョブカフェあおもり」に就職相談へ向かっている。このとき加藤容疑者が握りしめていたのは、県外の自動車工場の求人票。自動車関連の仕事に就きたかったことが読み取れる。
「青森に仕事がないわけではない。ただ、条件は悪いので、一度他県で仕事をして高い時給で働くと、なかなか県内の仕事に定着できないかもしれない」と話すのはジョブカフェあおもりの一戸恵多所長。「青森の最低賃金は全国で下から2番目の619円。正規雇用の求人票を見ると、月給12−16万円ぐらいが一番多い」という。
市内のある派遣業者は「仕事はある。ただ、職を求めてくるのは30代や40代ばかり。本当は20代に来てほしいが、高給を求める若者は県外にでるし、給料が安くて良いという若者は、派遣ではなく、飲食店などのアルバイトに流れる」と嘆く。仕事はあるが、より希望の職種を、より高い生活レベルを求めたくなる。加藤容疑者が職を求めて動き回った軌跡が頭をよぎる。
「再就職先になると短大を出ても高卒扱い。やりたいような仕事はなかなか見つからない」。五所川原市内の短大を卒業した近藤正樹さん(23)の最初の就職先はメンテナンス会社だった。月給は約15万円。「一応生活ができて、特に不満はなかったけど、やりたい仕事じゃなくてやめた」。だが、やりたい仕事は県内にはなく、今は無職という。やりたい仕事が近くにない、という事情は加藤容疑者と一緒だ。「加藤容疑者の結果はひどいけど、無職を経験しないと分からない事情があるんじゃないかと感じた」
猿賀一世さん(23)は就職活動で正社員登用されず、県内の福祉用具のリース会社でパートをしている。「今は月給10万円で実家に住んでいる。友人と酒を飲みに行くのも月に1回。なんとか生活はもっている。もっと福祉と直接関係する仕事がしたい。その一端を担っている意味でモチベーションはある」。だから、今の仕事も頑張ろうと思っているという。
加藤容疑者が書き込んだという携帯電話の掲示板を見て工藤さんはつぶやいた。「派遣だって仕事をさぼっていたら、正社員への道はますます遠ざかる。車の仕事がしたいなら、ちゃんと整備士の資格でも取ればいいのに」。そういうと、守るべき愛妻と子供が待つ自宅へ、しっかりとした足取りで向かっていった。
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