「私が日本にいた時には考えられなかったこと」。1988〜92年に日本に滞在したアルジュン・アスラニ元駐日インド大使(74)に事件の感想を聞くと、そう言って絶句した。
パソコンや電化製品を買いたいので秋葉原に案内してほしい——。大使時代、自国の閣僚や有力者が来日する度にそう頼まれた。だから事件を最初に聞いた時には「訪問中の外国要人が犠牲になっていないかとまず気になった」と語る。
大使在任当時、既に世界最大級の電器店街として国外に名の通っていた秋葉原は、いまや国際的な観光スポットとしても知られる「世界のアキバ」だ。海外メディアが一斉に事件をトップ級で報じたのは、この街の知名度によるところが大きい。スペイン国営EFE通信(電子版)は、「東京で最も有名な地域の一つ」と説明している。
一方で目に付くのが、今回の事件を日本の治安悪化の象徴ととらえている点だ。「治安のいい日本というイメージは間違いなく損なわれる」。9日付の香港紙・明報はそう伝えた。
現代日本の象徴的な場所をターゲットにした無差別殺人を許し、17人もの死傷者を出したことで、治安当局の国際的信用が低下したことは否めない。8日夕、矢代隆義・警視総監が、捜査本部の置かれた万世橋署を訪れた。事件発生日に総監が自ら所轄署に足を運ぶという極めて異例の事態に、警察が受けたショックの大きさがうかがえる。
とりわけ北海道・洞爺湖サミットを前にテロ対策に神経をとがらせる幹部の表情は険しい。「こんな事件が現実に起こるんだ、ということを思い知らされた」
かつて要人や国家権力の中枢機関を標的にしてきた国際テロ組織は近年、不特定多数が集う繁華街や観光施設などを狙う傾向を強めている。警察当局は「比較的守りの弱い場所での無差別テロで、国家的混乱を引き起こそうとしている」と分析。そうした場所を「ソフトターゲット」と呼び、首都・東京では秋葉原もサミット期間中の重点警戒対象と位置づけている。
国際テロでは爆弾を積んだトラックが突入する手口も多い。テロではなかったとはいえ、携帯サイトでの犯行予告もありながら犯人の暴走を最後まで阻止できなかったことで、警備上の弱点が露呈したと指摘する声もある。世界の首脳が来日するサミット開催中、北海道に大量の警察官を派遣することになる警視庁。この間の首都の警備について、ある幹部は「再検討が必要かもしれない」と話す。
サミット開幕まで1か月を切り、緊張が高まる中で起きた事件は、警察当局に大きな課題を突き付けた。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080608-2810266/fe_080610_01.htm