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2008年06月08日(日) 02時32分

昭和初期、この魅力はいったいなんだ!?オーマイニュース

 いわゆる「超大作」と銘打たれる類の映画は、夏休みや正月など“映画シーズン”に公開時期が設定されることが多い。だからだろうか、夏休みシーズンを目前控えた5月〜6月に公開されている映画には、いわゆる“いぶし銀”的な作品が多いような気がする。

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 記者は、毎年、この時期を私的映画鑑賞シーズンに設定している。しとしとと雨が降り続き、外で遊ぶこともままならない時期だからこそ、劇場で腰を据えて映画に向き合うことができるからだ。そして、結果的に“世間にはあまり騒がれていないけどこれは名作だ”という類の作品に出会うことが多い。今回、紹介する映画『丘を越えて』も、そんな作品の1つだ。

■つかの間の一瞬の輝き

 『丘を越えて』で描かれている物語の舞台は、大正デモクラシーから昭和初期の東京。時代のキーワードは「モダン」。世にサラリーマンが誕生し、空には飛行機が飛び、地下には地下鉄が走り始めた。東京・銀座通りには洋装のモボ・モガが闊歩。関東大震災の悲劇もなんのその、人々は自由を胸に、明るく生きていた。

 当然と言えば当然だが、記者はこの時代の実風景を知らない。しかし、なぜだか、この時代の風景、人々に潜在的に惹かれる。

 月並みな言い方になるが、希望に満ちた時代に憧れているのだと思う。その後に戦争へと向かう、客観的には暗い時代であっても、人々は新しい価値観を戸惑いながらも前向きに受け入れ、未来に期待していた。

 そんなつかの間の一瞬の輝きに惹かれる。そして、現代日本の原風景をそこに見るような気がする。

 映画の原作者である猪瀬直樹氏はこう言っている。

 「昭和5年くらいのこの時代って、実は山手線がもう5分間隔で走っていて、終電1時過ぎ。今とまったく変わらないんです。今の時代って、何でもだめだだめだって言うでしょ。でも、昔はそうじゃなかった。元気だった。何でも取り入れようと。その後、大戦の4年間を除くと、あの時代から現代まで完全につながってるんです」

 なるほど。だから、そこに原風景を感じえるのかもしれない。

■この作品は傑作だと思う

 物語は、今年、生誕120周年、没後60周年を迎える文豪・菊池寛を主人公に据えた、彼の伝記でもある。文藝春秋を創刊し、芥川賞、直木賞を創設した、日本近現代文学の祖と言ってもいい。

 原作は、現東京都副知事・猪瀬直樹氏作の「こころの王国」。菊池寛を演じたのは西田敏行さん。一部で大きな話題にもなっているがあまりのそっくりさにびっくりした。西田さん自身、こう言っている。

 「知人に『今、撮っている映画のキャラなんだ』って言って携帯で写真を送るんです。そして誰に送っても、『菊池寛ですね』ってかえってくる。映画の内容はまったく言ってないのに。これは本当に似てるんだなと思った」

 物語は、菊池寛と池脇千鶴さん演じる彼の私設秘書・細川葉子、そして、西島秀俊さん演じる朝鮮の特権階級・両班(ヤンパン)・馬海松(まかいしょう)の3人を中心に進む。

 いわゆる三角関係が彼らの間にあるのだが、それは物語のメインではない、と記者は思っている。

 もちろん、3人の関係に男女関係の機微を思わされたりもする。そして、そこから知られざる(?)菊池寛像を学びもするのだが、三角関係の一角を担う、朝鮮出身の馬海松からは、今なお一部続く朝鮮半島との確執を考えさせられたりもする。この時代が、いかに、つかの間の平和であるかを思い切り知らされる。

 モダン日本の社会を描くのが主なのか、3人の男女の確執が主なのか、はたまた、当時の日朝関係か、物語は統一性をもたず、驚きのエンディングシーンを迎える。これには批判的な意見も多いようだ。

 しかし、記者は、逆にテーマが散らばっていることによる間口の広さを感じた。だからこそ、当時の世相を反映した作品に仕上がったのだと思う。

 ……と、表向きのコメントはどうでもいい。議論の的になっているエンディングシーンも含め、記者にとって、この作品は傑作だ。

 最後に、ヒロイン・池脇千鶴さんのコメントを紹介しよう。

 「昭和初期の衣装がたくさんあったので、着替えが大変でした(笑)。でもすごく楽しい現場で、とても充実して撮影できました。最高の作品に仕上がってます。ぜひ、見に来てください!」

 ぜひ見に行ってほしい。本気でそう思う。

(記者:馬場 一哉)

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