三鷹市のブックカフェ「フォスフォレッセンス」では、年4回、太宰ファンがこぢんまりとした研究発表会を開いている。
“事件”が起きたのは2年前のこと。いつもは和やかに進む発表会に、初参加の中年男性が紛れ込んだ。意見を求めるたび、妙にひねた答えが返ってくる。太宰作品を読み込んでいるようにも見えない。
最後のまとめになって、ついに店主の駄場みゆきさん(42)がもの申した。「どうして読書会に来られたのですか」。予期せぬ答えが返ってきた。
「オレは太宰が嫌いだ」
男性は、太宰が今なお女性にモテるのが不満だったらしい。その理由を確かめに、乗り込んできたのだ。
店に「太宰嫌い」の男性が来たのは、これが初めてではない。2002年の開店当初も、困った中年男性が訪れた。この人も、怒気を含んで「太宰のどこが良いんだ」と迫ってきた。
ところがこの男性はひとしきりしゃべった後、本を数冊買って帰った。発表会に訪れた男性からは後日、丁寧なお礼の手紙が届いた。「太宰嫌い」の男性は、不思議と律義なようだ。
かつて、太宰本人を目の前にして「僕は太宰さんの文学が嫌いです」と痛罵(つうば)した人物がいる。まだ無名作家だった三島由紀夫だ。
太宰は「そんなこと言ったって、来ているんだからやっぱり好きなんだよなあ」と語ったと言われている。一方で、三島が帰った後に「じゃあ来なきゃいいじゃないか」と毒づいたという説もある。様々な“伝説”が生まれるところが、いかにも太宰らしい。
駄場さんの店は、太宰の墓所、禅林寺からさらに南へ1キロも離れている。そこまで、なぜか太宰嫌いを自称する男性がわざわざやってくる。駄場さんは、次はこう言ってやるつもりだ。
「太宰が気になるから、ここに来たんでしょ」