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2008年06月05日(木) 12時03分

GXロケット、開発中止へオーマイニュース

 みなさんはGXロケットというものをご存じだろうか。

 ギャラクシーエクスプレス(GALAXY EXPRESS)のGとX(=EX)をつなげた略称で、日本の官民共同によって開発・運営される予定だったロケットだ。

 5 月30日、このロケット開発について、文部科学省の宇宙開発委員会は開発中止を勧告する方針を固めた。低コストの中型ロケットとして開発が続けられていたが、技術的トラブルによる開発期間の長期化により、1機当たりのコストが高くなり民間市場に受け入れられないとの判断から中止が妥当であると判断されたのだ。

■葬り去られた国産中型ロケット

 日本には、ISAS・宇宙科学研究所が所管したM-V(ミュー・5型)ロケットが存在した。このロケットは全段固体燃料という世界に類を見ない構成で、科学衛星打ち上げ用のロケットとして用いられてきた。小惑星探査機「はやぶさ」や火星探査機「のぞみ」などを打ち上げてきた機体である。M-Vロケットは  2006年9月23日の太陽観測衛星「ひので」の打ち上げを最後に運用を停止した。運用停止の理由は、端的にいえば高コストなロケットだったということだ。

 宇宙科学研究所が打ち上げた衛星は、すべて科学衛星と試験衛星だ。研究のために衛星が必要なのであって、ロケットは衛星を打ち上げる手段だというスタンスでロケットの開発を進めてきた。ロケットは衛星ごとに最適なチューニングを受け、打ち上げごとにフィードバックされたデータによるアップデートを受けてきた。ロケットの機体は毎回の打ち上げが新技術の実証試験でもあり「宇宙科学研究所のロケットは世界一コストが高い」といわれ続けたゆえんでもある。

 このM-Vロケット、低コスト化のための量産設計を行い、打ち上げ回数を多くすれば世界の市場に通用するのではという意見も一部にあったが、実際にはその策は取られなかった。

理由の1つは、全段固体ロケットゆえの高加速性と振動の大きさがある。人工衛星は繊細な精密機器の固まりであり、加速による加重や振動による衝撃は避けなければならない。加速や振動に対して頑丈に作れば衛星は必然的に重くなり、搭載できる機器のが少なくなるようでは、衛星の設計として本末転倒ということになる。

 M-Vロケットの量産化が見送られたもう1つの理由は、このロケットにかかわる企業の数が少なかったから、という、極めて政治的な配慮が働いたためでもあった。

■政治行政が支配するロケット開発

 衛星打ち上げ用のロケットは、先端技術の固まりでもある。その開発・生産能力は国家としての戦略的価値がある。ロケット関連企業とはすなわち国内最高の技術力を有する企業であり、同時にそれは防衛省関係企業でもあるのだ。

 実のところ、年に1機か2機しか受注のないロケットの製造は商売としてのうまみはない。1機、85億程度(H2−Aの場合)の予算を数社で「負担の分割」するからこそロケットの生産は成り立っている。多額の受注がある防衛省とのつき合いがあるからこそ、赤字を覚悟で国家の威信を懸けた計画に参加しているにすぎない。

 ところがM-Vロケットが量産化されると、当然のことながら利益が見込める事業となる。このロケットにかかわる企業にとっては不採算部門が採算が取れる部門となるのだから当然歓迎するのだが、それ以外のロケット関連企業にとってはおもしろいはずがない。

政府としても、防衛関係企業には均等な負担と予算配分を行うという通例上、一部の企業に利益を集中させるのは好ましくない。こうしてM-Vロケットは政治的行政的判断により日本の宇宙開発の表舞台から消えていった、とされるのが関係者の一致した見方である。

 中型ロケットの国際市場に日本が参入するに際し、1つの技術的トライアルが行われることになった。液化天然ガス(LNG)/液体酸素(LOX)を燃料とする新型エンジンを開発・実用化するということだった。まずは小型の第2段用のロケットエンジンを実用化し、技術的蓄積を行った後に第1段用の大型ロケットエンジンを開発して最先端のロケット技術を獲得しようというものだ。

 世界市場に通用する中型ロケットは、低コストでなければならない。そのため、第1段ロケットは米国より輸入し開発の手間を省いて、第2段ロケットに新開発のLNG/LOXロケットエンジンを用いるというロケットの開発が計画された。

 価格の安い1段ロケットの上に、新開発の高性能な2段ロケットをつなぎ合わせるという、「他人のふんどしで相撲を取る」形での低コスト化を狙ったのだ。このさい、第1段ロケットをアメリカから購入するという決定も、多分に政治的配慮によってなされたとする関係者の声が多い。

 かくして民間企業7社の出資により2001年3月27日「株式会社 ギャラクシーエクスプレス」が設立され、GXロケットの開発が決定されたのである。

■つまずいたLNG推進系開発

 現在も開発が進められているLNG推進系だが、2つの技術的トラブルによりスケジュールの大幅な遅延が発生している。

 その1つが、複合素材によるタンクの開発失敗である。より軽量なタンクにしようと新素材の開発を進めてきたのだが、熱による収縮率の違いからか、複合素材/金属ライナー間でのはく離が複数回発生し、開発の見通しすら立たなくなってしまった。NASAによる次世代型スペースシャトルも、複合素材による軽量化された内蔵用燃料タンクが開発できず、計画全体が中止に追い込まれたことがある。GXロケットも、同じ轍(てつ)をふんでしまったわけである。

 もう1つのトラブルは、ロケットエンジンが所定の性能を得られなかったことにある。ひと口に液体燃料ロケットエンジンといっても、いくつかの方式がある。 1つはガス加圧式といって、ヘリウムガスを燃料タンクに吹き込み、その圧力で燃料を燃焼室に送り込む方式だ。構造は単純になるが、性能は低くなる。この方式で性能が獲られず、エンジン開発が頓挫してしまった。

 2つめの方式はガスジェネレーション方式だ。推進剤の一部を燃やして燃焼ガスによりタービンに直結した燃料ポンプを駆動する。タービンを回した燃焼ガスはそのままエンジンの外に排出されるため、推進剤の一部をロスするが、より高い圧力でエンジンが作動できるため高性能化が可能となる。

 金属製タンクの採用による重量増加を補う形で、構造が複雑になる形式を採用したわけだが、実機大エンジン燃焼試験中に燃焼圧力の変動が発生して設計の見直しを迫られ、再度のスケジュール遅延を招いてしまったのである。

■国産中型ロケットは必要なのか

 こうして立ち往生してしまったGXロケットだが、中型ロケットとして狙っていた性能は高度800キロ程度の衛星軌道に約2.0トンの衛星を投入できるというものだ。日本の大型ロケットH2-Aでは同じ衛星軌道に約4トンの衛星を投入できるので約半分の性能といえるだろう。

 ただし、H2-Aロケットは2段燃焼サイクルを採用した極めて複雑で高価だが、極限の性能を追求することで他国の中型ロケットと同じ程度の重量で、大型ロケットに匹敵する打ち上げ能力を獲得していることを知ってもらいたい。

 安く、簡潔な構造で、取り扱いやすい中型ロケットを作るとすれば、必然的にその大きさはH2-Aロケットに近いものとなる。

 ロケットに詳しい人間ならそれは十分に知っているのに、ロケットの仕様を決定する行政サイドのしばりにより、技術的にハードルの高い新規技術の開発が必要なサイズになってしまったGXロケットの悲劇はその時点ですでに始まっていた。計画にかかわらない専門家たちからは、絶対に失敗するといわれ続けたGXロケットの開発は、絶対に口にはしないが開発担当者本人がそのことを一番よく分かっていたに違いないのだ。

 現実問題として、高度800キロ程度の衛星軌道に約2.0トンの衛星を投入するといった需要は、決して多くはない。衛星の高機能化・長寿命化という流れは必然的に衛星の重量を増加させ、衛星の打ち上げサイクルも長期化していく傾向にある。GXロケット計画時の需要予測は甘いものであり、計画中止はやむを得ないものである。

 日本のロケット開発の方向としては、H2-Aロケットの増強型開発による大型衛星への対応と、性能を下げてでも打ち上げコストを圧縮した中型衛星仕様へかじを切るべきだるう。

 不要・不急の技術開発に500億円近い投資をした民間側の反発は必至だが、継ぎはぎだらけのGXロケットが打ち上げられることは永遠にないだろう。

 甘い見通しで高性能を狙ったツケが、ほかの航空宇宙関連の予算を圧迫しないことを祈るばかりである。

(記者:立花 健治)

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