五線譜が読めなくても演奏できる弦楽器がある。名前は「ヘルマンハープ」。21年前、ドイツで「ダウン症の息子が弾ける楽器」として生まれた。癒やし系の音色と、誰もが奏でることのできるバリアフリー感が人気のもとで、中高年や障害者らの心をとらえている。関西を中心に口コミで広がり、学校でも導入され始めた。(中塚久美子)
弦の下にはめ込んだ楽譜に従って演奏するヘルマンハープ ヘルマンハープを演奏する小林伊一さん(右端)ら=大阪府茨木市、南部泰博撮影◇
白玉は2拍、黒玉は1拍。専用台に立てかけたヘルマンハープ(タテ64センチ、ヨコ34センチ)の弦と本体の間に、玉と線で書かれた専用楽譜を差し込む。玉をつないだ線をたどって指の腹で弦をはじくと、「千の風になって」が弾ける。クラシックギターにも琴にも似た穏やかな音色だ。
大阪府茨木市の小林伊一さん(65)、和子さん(62)夫妻は3年前、ヘルマンハープに出あった。仕事一筋だった伊一さんが定年退職後、夫婦共通の趣味を持ちたい、と市の生涯学習センターの講座に参加したのがきっかけだ。そのときのメンバーらでグループを組み、この2年半で介護施設や幼稚園など約70カ所を訪れ、演奏してきた。
演奏が終わると、ほとんどの人から「弾かせて」と頼まれる。和子さんは「この年齢から始めても弾ける楽器。みんなに喜んでもらえるし、達成感もある」と話す。
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ヘルマンハープは、ドイツの農場主ヘルマン・フェーさん(73)が21年前、ダウン症の息子(38)に楽器を弾く楽しさを味わわせてやりたい、と自ら製作した楽器だ。スイスやオーストリアでも親しまれているという。
大阪市の障害者福祉作業センター「たけのこ」で開かれているヘルマンハープ教室「音の葉」には、ダウン症や自閉症などの障害がある10人が通っている。講師の楠本光世さん(46)は2年半前から、たけのこに通所している。視覚障害の症状が進み、日常生活で限界を感じることが多くなった。しかし、楽器の由来を知り、「自分も弾けたらすてきだなと思った」。楽譜を濃く印刷するなど工夫を重ね、昨年、インストラクターの資格を取った。
演奏会などでヘルマンハープを知った教師らも、授業で使い始めた。大阪府豊中市の市立少路小学校では、音楽教諭の山本邦子さんが昨年11月から4〜6年生に弾かせている。その月に誕生日を迎える児童が、クラス全員の前で1人1曲ずつ披露。山本さんは「演奏後の表情が明るくなって、自信につながっている。精神的ケアの効果が高い」と話す。
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日本でヘルマンハープを広めた立役者は、兵庫県西宮市の梶原千里さん(48)だ。03年、夫の駐在先のドイツで偶然ヘルマンハープを見かけた。障害者と健常者が同じ舞台で演奏する姿と、オーケストラと共演してもひけをとらない音色に感動したという。「日本にあれば、人生が変わる人がいるかもしれない」と、ヘルマンさんに直接会い、日本での事業契約を結んだ。
帰国後は1人で福祉施設などに飛び込みで訪れて演奏したり、教室を開いたりした。現在は大阪、兵庫、京都を中心に、北海道や東京、香川など全国に約80教室を展開。大阪府高槻市にはダウン症の人を対象にした教室もつくった。1台20万円前後。教室のレンタル制度を利用する人もいる。
梶原さんは「障害者と健常者、音楽経験の有無という枠を越え、誰でも受け入れる魂を持った楽器。演奏を通して、さまざまな価値観を共にする喜びを感じてもらいたい」と話す。
問い合わせは日本ヘルマンハープ協会(0798・61・9953)。ホームページは(http://www.hermannharp.com/)。
http://www.asahi.com/kansai/entertainment/news/OSK200805300115.html