裁判員制度の模擬裁判2日目は、罪の有無と、刑の程度を決める「評議」が行われた。午後の議論が始まる前、地裁会議室に集まった裁判員役の6人に、村越一浩裁判長から「参考にして下さい」と、A4判1枚の資料が配られた。
「量刑分布」と書かれたその資料には、過去の同種の事件を参考にするため、<量刑の相場>が一覧になっている。
「裁判官の論理で決めてきた判例を参考に決めるのであれば、裁判員が参加する意味はあるのだろうか」。裁判員からはそんな声が聞こえた。
前日に引き続き、松山市内のアーケードで、25歳の男が41歳の男性の顔などを殴り、1万円を奪った事件。「強盗罪と傷害罪が成立する」と全員が一致して認定した後、裁判長から「強盗罪と傷害罪の併合となると、懲役5〜30年が課せられる」と説明を受けた。
検察官と弁護士の主張していた「酌むべき事情」をふまえ、量刑を確定しなければならない。
「示談が成立しており、被害者が寛大な処分を求めている」「被告人には傷害の前科があり、再犯の恐れがある」。執行猶予を求める意見と、実刑を求める厳しい意見で議論は紛糾した。午後の3時間にわたる話し合いの結果、3対3で「実刑」「執行猶予」に分かれた。
ところがこの後、3人の裁判官の意見を聞いて、肩すかしを食らったような気がした。
「傷害の前科では罰金刑だったので、懲役の実刑をいきなり課すのはどうか」「犯行は偶発的だったので、執行猶予でも良いのではないか」
「量刑の相場」を踏まえた結論だった。“正答”を聞いているような気がして、「初めから結論が決まっていたのでは」と不満が残った。
「人を殺そうとした人は死刑になるべき」「50センチの距離から人を刺すなんて、テレビのサスペンスドラマでは見たことがない」
これまでの模擬裁判の評議では、裁判員役の市民からこんな意見が出ていた。その都度、裁判長から「目の前にある証拠だけを参考に論理的に考えて下さい」と注意が行われた。裁判所が市民に求める「論理性」について、考えさせられる場面だった。
今回の模擬裁判を担当した村越裁判長は、「犯罪とは無縁だった人ほど、『自分ならそんなことをしない』と、(感情的に)厳しい見方をすることがある」と言う。
実際の裁判で、被害者の生々しい傷跡や、被告人の態度を目の当たりにすれば、その感情は一層強まるだろう。
評議では、この街に暮らす市民として、事件の大きさを考え、自分なりに感じた意見を述べたつもりだった。だが、裁判官たちの理路整然とした意見を聞くと、「あれ、間違えていたのかな」と気持ちがぐらついた。
「裁判員の意見が分かれ、かなり悩んだ」「私も右往左往しながら結論を出した」。判決宣告の後の意見交換会で、裁判官たちから意外な言葉を聞いた。裁判官も、悩みながら結論を出していたことが分かった。
感情と論理。そのどちらが欠けても人を裁くことはできない。だが、バランスのとれた冷静な判断力を、どこまで一般の市民に求めることができるのか。今回の模擬裁判を通じて、そんな思いが強くなった。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ehime/feature/matuyama1211897613080_02/news/20080528-OYT8T00770.htm