マンガ「バガボンド」の作者井上雄彦(たけひこ)さんが「最後のマンガ展」と銘打ち、東京・上野の森美術館で約140点の肉筆画を披露している。書き下ろしで、館内のすべてを使い切っており、マンガ家本人の勢いを写し取ったかのような迫力がみなぎる。
マンガ家・井上雄彦さんの「最後のマンガ展」=東京・上野、林正樹撮影吉川英治の小説「宮本武蔵」を原作にした「バガボンド」は10年前から週刊モーニング(講談社)で連載され、単行本が28巻まで出ている。売り上げは4930万部に達する大ヒット作だ。
美術館という場を得て、筆触はさらに大胆かつ繊細。武蔵が、切られた男たちが、和紙に息づく。「筆で描くことに関して、今の日本画家ではだれもかなわない」と山下裕二明治学院大教授は指摘する。雑誌でも、連載開始時にペンだった人物の描線が、すべて筆にかわっている。「おそらく独力で、最適な表現方法としてペンから筆に持ち替えたのでしょう。マンガを空間で見せる意義を感じさせてくれた初めての展示です」
連載の武蔵は現在、吉岡一門を討ち果たし、自らも深い傷を負う。武蔵に切られる人物の内側にも入り込みながらじわりじわりと物語は進む。一方、展覧会では、連載のはるか先の武蔵が描かれている。この飛躍は作者のサービス精神の表れなのか、あるいは重い現状への一撃か。
対戦相手を切って切って切りまくりながら死のらせん階段を駆け上がる武蔵がどんな心境で生を全うするのか。「心の奥にあるものをどうやったらこぼさずに伝えられるか。それには体感してもらうしかない。そのためにこの空間を使った」と井上さん。
雑誌の紙上という定型から空間に解き放たれたマンガ表現を体験してしまうと、離れがたく、問いかけてみたくもなる。ほんとに「最後」なんですか、と。(秋山亮太)
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