イタリアのファッションブランド、プラダがミラノに、新しいタイプの美術館を建設中だ。アートや建築、モード、映画や音楽、哲学、文学などさまざまな分野の表現を集めて連携する場を提供することで、オークション市場優先の価値とは違う、芸術の新たな価値と役割を見いだそうとする実験的な試みという。
ミラノ南部のひっそりとして古びた工業地域。その一画のかつては蒸留酒工場だった広大な敷地建物が美術館に改装中だ。展示スペースは既存の建物と新築分を合わせて約1万7500平方メートル。オランダ出身の建築家レム・コールハースの事務所が設計を担当する。
敷地を取り巻く展示棟やイベントホールのほか、巨大な屋外スクリーンのあるシネマホール、10階建てのタワーなどで構成される。タワーには各階ごとに現代作家の作品を展示。「お化け屋敷」と題された5階建ての館は、各階がそれぞれ異なる幻想的なイラストと内装で彩られている。
コールハースは「ダイナミックで刺激的な場にしたい」と語った。改装中の施設や建築模型を見る限りでは、この施設の最大の特徴は、美術館という形式が持つ権威性をほとんど感じさせないことだ。その背景には、プラダとアートの関係についての、意識の変化がある。
美術好きで知られるデザイナーのミウッチャ・プラダは、1993年にプラダ財団を設立。サム・テイラー・ウッドやクエンティン・タランティーノ、森万里子ら若手作家の展覧会開催や作品購入など様々な支援を続けてきた。
そんな活動を通して、ミウッチャは「オークション企業が芸術の価値を決める唯一の存在になってきた。アート自身も軽やかさやラジカルな批判意識を失いつつあるのではないか」と危機感を持ったという。
一方で、プラダはアバンギャルドな作風を続けているが、「ファッションは、アートとは別物の商業的な表現だと割り切っていた」と語る。だがアートと商業性の境目は限りなく薄くなっているのが現状だ。
「表現行為の本当の価値とは何なのか。市場価値とは別に、いろんな分野のクリエーターと作品が、同じ土俵に集まってみることが必要なのでは」とミウッチャ。もちろん、ファッションもその例外ではない。
開館は数年後という。こうした新しいタイプの美術館が、高度情報化社会から取り残されたような場所に建つことが、なんだか象徴的なことのようにも思える。(編集委員・高橋牧子)
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