工事現場などの殺風景だった場所がいま、アートな空間に生かされています。危険を防ぐための仮囲いや閉店中のシャッターに、絵や写真だけでなく詩が描かれているところも。期間限定の作品に思わず足が止まります。
■いまと未来つなぐ仮囲い
東京・新宿駅南口では、1925年に造られた陸橋の架けかえ工事が進んでいる。その仮囲いに描かれているのが、2016年の同駅南口を舞台とした未来の生活。この「新宿サザンビートプロジェクト」は都市景建築家の韓亜由美さんが手がけ、新宿の過去、現在、未来を3回に分けてウオールグラフィックで表した。「南口だけでも利用者は1日43万人。苦情の対象になりかねない工事現場に親しみをもってもらえれば」と、国交省東京国道事務所の稲垣孝さん(49)は話す。
そこから徒歩5分ほどの新宿3丁目。旧マルイシティ新宿の建て替え地には、公募で集まった若手アーティスト18人の作品が並び、ちょっとしたギャラリーの趣だ。新宿区などで構成するアート支援団体「シンジュク アート インフィニティ」が主催し、約2カ月ごとに展示を入れ替え。現在、11月から飾る新たな作品を募集中だ。
住民が壁画作成に参加するケースもある。地下鉄押上駅上の新タワー建設予定地には、墨田区立横川小学校の6年生(当時)69人が作成した作品が。子どもたちに夢のある街づくりに興味をもってもらおうと、UR都市機構が企画。地元を流れる大横川をメーンに「まち」が描かれた。
曳舟駅前の高層住宅建設地の仮囲いは、変わったかたちで住民が参加。住民の言葉をもとに詩が作られ、曳舟の日常を収めた写真がはられる。「特売品で上等!」「おふくろ料理ヘタ(中略)でもオレたち黙って食べてるの、愛してるから」などの言葉から、人々の生活が垣間見える。
■シャッターにも活気
東京都中央区の築地場外市場。波除(なみよけ)稲荷神社へ続く通り沿いに、魚を取るカエルの絵巻風の絵や市場の風景を描いたシャッターアートが登場した。
この辺りは朝方、大勢の買い物客でにぎわうが、昼過ぎになると一転、店が次々閉まり閑散とする。「外国人観光客も多く訪れる場所なのに、昼間からシャッター街のようになってしまうのはもったいない」。市場のにぎわいを市場が閉まった後も感じて欲しいと、水産学を学ぶ大学院生の村上靖さん(24)が地元商店街に掛け合い実現した。
インターネットでペンキ塗りのボランティアを募り、約百人が参加=写真。この1カ月で全14枚を仕上げた。「こんな大きな壁に描く機会はめったにない」と参加者は顔にペンキが付くのも気にせず、大胆に筆を進める。参加者が楽しみながら、街の景観に一役買う「築地方式」は、これからも各所で見かけられそうだ。
■韓亜由美さん「地域の特徴いかして」
仮囲いをデザインしようと思ったのは、那覇市の港湾ヤードで、市民が「海を感じられない」というジレンマを、何とかしたいと思ったのがきっかけです。その後、日本橋や新宿のプロジェクトに携わり、今まで誰も価値を見いだせなかった工事現場に、デザインを施すことによって、街を活性化できないかなと思いました。
仮囲いは、工事が長い期間に及ぶと、仮ではなく、景観の一部となります。そこを通る人が工事現場を身近に感じてもらえるよう、その地域の特徴をいかすことが、大切ではないでしょうか。
壁がデザインされることによって、それを見かけた人の記憶の断片として残ります。将来、囲いがとれて新しい景観に生まれ変わっても、壁に施されたアートは、その場所にまつわる人々の思い出として、当時の風景とともに生き続けるのです。(談)
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200805200212.html