日本には古くから植物の葉で食べ物を包む文化がある。たとえば、米やもちを柏、笹、桜、柿の葉で包み、あるいは器としてこれに盛った。朴の葉を使う飛騨の料理も、この土地の風土が作り上げたものだった。
器代わりに使った朴の葉に高山駅を下りると、高山藩の町割りと江戸時代の商家が残る町は観光客でにぎわっていた。かつての代官所・陣屋の前では、農家の人たちによる朝市が開かれている。今回、朴葉を使った料理を教えてくれるのは、この朝市で自家製のみそや赤カブの漬物を売っている井ノ口洋子さん(55)。市内の家を訪れると、朝市仲間が集まっている。
「朴葉料理は一年中やな」
春から夏は若葉の「青朴葉」で米やもちを包み、秋から冬は落葉の「枯れ朴葉」にみそや漬物をのせたという。モクレン科の朴の木は飛騨の山間に多数自生しており、手に入りやすい。その葉は大きなもので30センチを超え、適度に軟らかさがあり、熱に強い。使い終えたら捨てられる。アルミホイルがない時代、食器に最適だったのだ。
まず、6月〜9月に採れる青朴葉を使い、朴葉ずしを作ってもらった。塩鮭をまぶした酢飯を朴葉に表側に盛る。ここに斜切りした根曲がり竹と下ゆでしたフキ、刻んだミョウガやショウガをのせて包むように葉を折り、しばらく置けばできあがり。葉の緑が香る初夏らしい一品だ。
つきたてのもちも葉に包んだ。火にかけてあぶると、焼き上がりに葉が貝の口のように開く。この朴葉もちは「お盆のごっつぉ」だった。「朴葉を巻くことで、3日もつところが5日にのびるんやさな」と井ノ口さんが言うように、保存効果もあるようだ。
11月に入ると、高山の人々は朴葉を集めた。「昔は霜がおりた朝、山へ行ったんやさ。たんと枯れ葉が落ちとって、それを拾って陰干しして、屋根裏につるしておいたんやさな」と井ノ口さん。現在は朝市などで10枚100円ほどで売っており、取りに行く人はまれだ。
朴葉料理の中で最も知名度があるのは朴葉みそ。今や名物料理として出す旅館や店が少なくない。材料は枯れ朴葉と甘口の麹みそ、長ネギに、お好みでシイタケ、エノキなどキノコ類やアサツキ、行者ニンニクなど季節のものを加える。チーズ、バターも合うという。ネギは小口切りにし、キノコは適当な大きさに切るか裂いておく。
麹みそは、昔は塩気の強い辛口だったが、「塩分控えめ」の昨今は甘口を使う家が多い。みそには砂糖、みりん、サラダ油をまぜる。ショウガの絞り汁やゴマ油を入れ、味付けに独自性を出す家もある。
作り方は簡単だ。火にかけた七輪やホットプレートに朴葉を敷き、みそと具材をのせる。大切なのは燃えないように朴葉を湿らせること。熱が伝わったみそにプツプツと気泡が浮き、香ばしい匂いがすればできあがりだ。
「具とみそをまぜて、ご飯と一緒に食べてな」と教えられ、白飯片手に味見した。みその塩気と、ネギ、シイタケの風味が一体となって口の中に広がる。米の甘さが引き立ち、とにかくご飯が進んだ。「みそ菜3年続けると身上がつぶれる」という、米が貴重だった時代の言葉も頷ける。
朴葉みそは元は冬の料理。40年ほど前まではよく「くもじ(漬物)」をのせた。北アルプスに近い内陸の高山で、冬のタンパク源といえばみそだけ。おかずは秋までに収穫した野菜の切り漬けだった。樽の中でジャリジャリに凍った漬物を金槌で叩いて取り、囲炉裏の五徳に敷いた朴葉で温め、みそとまぜた「みそ菜」で米を食べたのだ。
朴葉みそに限らず、郷土料理には、どこかこの国の季節の厳しさと、それに抗した人たちの工夫が刻まれている。その歴史を感じれば、また一段、味が深まる。(文/福崎圭介 写真/高嶋裕二)
旅行読売6月号よりhttp://www.yomiuri.co.jp/tabi/gourmet/fudoki/20080508tb03.htm