昨年12月初め。ビジネスマンが闊歩(かっぽ)する東京・麹町のオフィス街に、高級スーツに身を包むアラブ系紳士がタクシーから降り立った。ヨルダンのバヒート首相(当時)の息子、バヒート・スレイマンさん(29)だ。
向かったのは大通り沿いの雑居ビル8階にある小さなアニメ制作会社「コミックス・ウェーブ・フィルム」。同社は若手実力派監督、新海誠さん(35)の作品を管理している。新海さんが国際交流基金の事業でヨルダンにアニメを教えに行くことになったため、バヒートさんは、はるばる礼を言いに来日したのだった。
彼自身、ヨルダンではアニメ制作会社の経営者。新海さんが監督・脚本を務めた『ほしのこえ』について、「大好き」と英語で繰り返した。宇宙に飛び出した少女と地球の少年の交流を描くSF。このほか、『ドラゴンボール』などの話で盛り上がり、にこにこ顔で帰った。
新海さんが招かれた背景にはお国事情がある。ヨルダンは他の中東諸国と違って石油資源に乏しく、若者の雇用創出のためには産業振興が欠かせない。「アニメ人育成」もその一環だ。新海さんはほとんど1人でこの作品を作り、国際的に高い評価を得たことから、「制作手法とそのサクセスストーリーは、ヨルダンの若者に参考になるはず」(国際交流基金)と白羽の矢が立った。
「中東のアニメ事情って見当もつかない。面白そうだ」。二つ返事でOKした新海さんは今年1月中旬、かの地に旅立つ。そこでは一体、何が待ち受けていることやら。
■『ほしのこえ』■ 2002年制作。主人公の少女が乗ったロボットと異星人が激しく戦う。雨上がりの空に光がみずみずしく差し込む映像が、少女と地球の少年との恋愛に切なさを醸し出す。石原慎太郎都知事が「この知られざる才能は、世界に届く存在だ」と絶賛。