パソコンや周辺機器を徹底管理したつもりでも、なくならない情報流出。新しい情報技術「シンクライアント」は、画期的な解決手段として注目されている。(増田弘治)
NPO日本ネットワークセキュリティ協会のまとめでは、2006年に明らかになった情報ネットワークからの個人情報流出は993件。パソコンなどの紛失・置き忘れ、盗難が、原因の半数を占めていた。
ある鉄道会社は、社員が自分のパソコンにデータを書き込むのを禁じている。だが「つい記録してしまう」のが本音。それなら、パソコンから記憶装置を無くそう。これが、シンクライアントの考え方だ。
PCにデータを残さない「シン」は英語で「薄い」、「クライアント」はパソコン(端末)を指す。データを蓄積できないので、そう名づけられた。従来のパソコンは「ファット(太った)」クライアントと呼ばれるようになった。
国内でいち早く商品化を進めてきた「松下電工インフォメーションシステムズ」(本社・大阪市北区)の千田茂夫さんによると、プログラムやデータを収める倉庫の役割をする「サーバー」に複数のパソコンがつながる構成は、従来のネットワークと変わらない。最大の特徴は、パソコンに記憶機能を持たせないことに加え、サーバーとやりとりするデータの量を極めて少なくしていることだ。
文書を作る作業では、サーバーがパソコン側のマウスやキーボードが発する信号を受けとり、追記や削除の情報だけを送り返す。操作する人の手元に、文書全体のデータは来ない。
千田さんは「サーバーが作る自分のパソコンの“イメージ画像”を見ながら操作する感覚」と説明する。
大和証券本社(東京都千代田区)は昨年11月、1200台のパソコンをシンクライアントに置き換えた。
以前は、すべてのパソコンにバーコードを付けて管理していた。同社システム企画部の山田芳也さんは「バーコードを使い、社員のパソコンがある場所などを3か月に1度、2か月かけて確認していた。それだけ労力をかけても、不安は解消できなかった」と話す。 置き換えは今春の予定だったが、シンクライアントの利点に着目し、本社の移転にあわせて前倒しした。
パソコンを新社屋に移動させる過程で、データが失われる事故が起きかねないが、すべてのデータをサーバーに移しておけば、そのリスクを避けられる。
災害や爆破予告などで社屋に入れない場合にも威力を発揮する。シンクライアントで支店から企業内情報通信網(LAN)経由でサーバーに接続すれば、情報漏れを恐れず仕事を続けることができる。
山田さんは「会議室の端末からも自分のファイルにアクセスできる。仕事のスタイルががらりと変わった」と話す。同社は、今後1年半から2年かけて、1万台以上をシンクライアントに置き換える計画だ。
松下電工インフォメーションシステムズは、インターネットを通して社内のサーバーに接続し、社外からも情報漏れを気にせずデータをやり取りできる「モバイルシンクライアント」を開発した。記憶装置を備えたパソコンも使える。
普及すれば、育児や家族介護中の社員、通勤が難しい障害者や高齢者が自宅で仕事する勤務形態「テレワーク」が取りやすくなる。
ただ、システムを十分に活用するには、家庭の回線使用料を低く抑え、街角でも高速で多量のデータ送受信ができる公衆無線LANの整備が不可欠だという。