東京国立近代美術館フィルムセンター(中央区)研究員、板倉史明さん(33)はゴクリとつばをのみ込んだ。「奇跡だ」。昨年9月、大正時代に作られたアニメ『なまくら刀』のフィルムを初めて見た時のこと。
100年近く前のセルロイドなのに、キズがほとんどない。刀を持つ武士の姿がはっきり見てとれる。板倉さんは古いフィルムの修復や保存に携わってきたが、まれに見る良好な保存状態だったという。どんな人が所有していたのだろう? 古物商から先の持ち主については、全く情報がなかった。
しかし、一枚の写真が見つかる。写っていたのは、映写機を胸に抱える青年だ。写真は全体に黒くくすみ、像はかなりおぼろげだが、若く、学帽のようなものをかぶっていることがわかる。フィルムを納めた紙筒は、手回し式の映写機の入った箱と一緒に売られており、その中にはきんちゃく袋がしのばせてあった。
赤や青の布きれをつなぎ合わせた手作りのもの。ひもをほどくと、さらに内側に、何かを隠すように小さな袋がしつらえてある。写真は切手よりやや大きい程度で、その中に収まっていた。
青年が映画関係者かどうかはわからないが、自分の写真をそんな風に持ち歩いたとは考えにくい。きんちゃく袋にしまい込んだのは、親か、妻か、恋人か。彼への思いを物語るように、大切に、ひっそりと袋に収まっていた。
戦争、はやり病……。板倉さんは、フィルムや映写機は彼の遺品で、愛する者がずっと大切に保管していたのでは、と思う。フィルムがほとんど無傷で見つかった一番の理由は、人が人を愛する思いの強さだろう。
■大正アニメ■ 日本初の劇場公開作品は、1917年(大正6年)1月に封切られた『芋川椋三玄関番の巻』=下川凹天(おうてん)作=。現存するフィルムは見つかっていない。これに続き、『なまくら刀』は同年6月、浅草で公開された。