安くて庶民向けなのにうまい、いわゆるB級グルメが今、各地で重要な観光資源として見直されている。旋風を巻き起こしているB級グルメの先頭を走るのが「富士宮やきそば」だ。
麺、具、トッピングが独特東海道線富士駅から身延線に乗り、20分足らずで富士宮駅に着いた。駅から出て北に目をやれば、残雪を冠する富士山が町を見下ろすようにそびえている。
富士宮やきそばの作り方を教えてもらうため、さっそく郊外で宿泊業を営む深澤さん一家を訪ねた。市議会議員でもある竜介さん(44)は、「夏休みなんかは学生の合宿が多いんです。必ずバーベキューで焼きそばを作りますね」と言う。
用意するのは、麺と具のキャベツ、肉かす。トッピングのカツオ節、イワシ粉、紅ショウガ。これにラードと調味料のウスターソースだけ。材料は全て市内のスーパーマーケットで手に入る。
富士宮やきそばの最大の特徴は、市内にある製麺所3社のいずれかの麺を使うこと。通常、やきそばの麺は小麦と水を練って蒸し、最後に湯通しするため軟らかい。一方、蒸しただけの富士宮の麺は、水分が少なく硬い。
この「蒸し麺」は3社のひとつマルモ食品会長の望月晟敏さん(85)が生み出したとされる。望月さんは戦地で食べたビーフンの味が忘れられず、復員後に蒸し麺を作った。原料の米が高価で手に入らず、配給の小麦を使ったという。
まず、熱したフライパンにラードをひいて肉かすを炒める。肉かすは豚肉からラードを搾り出した後に残る、文字通り肉のかす。ここに細切りのキャベツを加える。
軽く火を通してから麺を入れ、水をかけて蒸す。麺がしんなりしたらウスターソースをまぜ、皿に盛りつける。太陽ソースなど、これも地元メーカーのものを使う家や店が多いという。最後にカツオ節、イワシ粉を振りかけ、紅ショウガを添えればできあがり。
おいしく作るコツは「強い火力で一気に調理すること」と、深澤菜摘さん(42)。弱火では水気が飛ばず、麺の食感がいきないという。
肉かすと魚粉を使うのにも歴史がある。昭和初期の富士宮は製糸業が盛んで、店先で女子工員や子どもにお好み焼きを出す駄菓子屋が多かった。価格を抑えようと、肉の代わりに肉かすを、カツオ節の代わりに駿河湾のイワシの粉末を入れた。戦後、その流儀が焼きそばに転用されたのだそうだ。
焼きたて熱々の焼きそばを口にした。甘めのウスターソースがよく絡んだ麺はシコシコとした歯応えがあり、シャキシャキのキャベツとの相性を楽しむ。肉かすは隠し味になって麺にうま味を与え、イワシ粉が和風だしのように利いている。確かに一味違う。すぐに一皿ペロリと食べてしまった。
「作り方にこだわるようになったのは7、8年前」と菜摘さん。思えば、富士宮やきそばがマスコミに取り上げられ始めたのもちょうどそのころからだ。
仕掛け人は富士宮やきそば学会会長の渡辺英彦さん(49)。10年前に町おこしのワークショップを行い、富士宮の名産品を調べると、市内に焼きそばを出す店が150軒以上あり、調理法も独特だとわかった。これに注目した渡辺さんらは平成12年にNPO法人を立ち上げ、ダジャレを使った卓抜なキャッチコピーと広告戦略でマスコミに売り込んでいく。
「富士宮が他に優れているのは情報量。品物がよくても相手に伝わらなければ、ないと同じです」という渡辺さんの言葉は示唆に富む。
やがてブームが来て店も急増。バス会社や観光業者が首都圏から団体客を連れてくるようになった今、富士宮はB級グルメの最先端として全国から注目されている。
ブームの象徴「B-1グランプリ」は、全国からB級グルメを集め、試食した客が審査するイベントで、2回連続で富士宮やきそばが優勝した。今年の11月には福岡の久留米で第3回が開催される予定だ。
富士宮市における、焼きそばの経済効果は6年間で約217億円と算定されている。渡辺さんの言葉通り、「たかが焼きそば、されど焼きそば」なのだ。
(文/福崎圭介 写真/佐藤新一)
旅行読売5月号よりhttp://www.yomiuri.co.jp/tabi/gourmet/fudoki/20080408tb02.htm