「べろべろ」という不思議な呼び名の料理が石川県にあるという。溶き卵を寒天で寄せた行事食だそうだ。
寒天といえば、ところてんや豆かんなど、はし休めや甘味として食べる印象が強いのだが、おかずになるのだろうか。
桜のつぼみがふくらみ始めた、百万石の城下町・金沢市。市民や観光客でにぎわう市内中心部の近江町市場で、スーパーの総菜コーナーをのぞくと、確かにべろべろが並んでいた。薄茶色の寒天の中で、黄色い溶き卵が固まっている。「えびす」という名称も併記されている。
同市内で料理教室を開講する、郷土料理研究家の青木悦子さん(75)のもとを訪ねた。「お正月のおせちに入れたり、春と秋のお祭りのときに作って食べたりする、家庭の味です」
海に面した石川県は海産物も豊富。様々な海藻類を日常的に食べている。寒天の原料のテングサも身近な食材だ。
生活に根付いた寒天と、昔は貴重品だった卵が結びつき、「ハレの日を彩る料理になったのでしょう」と青木さんは言う。やがて卵も手に入りやすくなり、普段のおかずとしても食べられるようになったようだ。
名の由来は諸説あるが、寒天のつるつるした食感を「べろべろ」と表現したようだ。これは愛称で、正式な名は「えびす」。輪島地方で作られる「ゆべし」(ユズもち)に似ているかららしい。手早く作れることから、はやゆべしと呼ばれ、「えびす」になまったという。
作り方を見せてもらった。いわばかき玉汁の寒天寄せだった。
卵の花が開いたような、つるりとしたべろべろを口に入れる。「んー?」。味には名前ほどのインパクトはなかった。見たまま、使った食材そのままの味と食感だ。あまじょっぱい味は、お菓子なのか、おかずなのか。考え込む記者に「不思議でしょ」と青木さんが笑いかけた。
だが、食べ進めるうちに、何だか懐かしいような感じを覚えた。砂糖の甘みと、しょうゆの風味しかしないからこそ懐かしいのかもしれない。お母さんのつくる日本のおかずの味だ。
べろべろは土地の恵みを生かした素朴な一品だった。(上原三和、写真も)
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青木さんによるべろべろのレシピは以下の通り(4人分)
水2カップと粉寒天4グラムを鍋に入れ強火にかける。沸騰したら弱火でしばらく煮て、砂糖大さじ2と2分の1杯、しょうゆ同2杯、極細のせん切りショウガ少々を入れる。鍋の泡立っている部分に溶き卵(1個分)を少しずつ流し入れ、ふわりと固まったら鍋ごと水の中で粗熱を取る。ある程度冷めたら、型に入れて冷やし固める。
小松や加賀の透明なべろべろを作るには、しょうゆ大さじ2杯を、塩小さじ3分の2杯と薄口しょうゆ少々に変える。