「乾杯!」。2006年秋、豊島区の中華レストランで、ベテランアニメーター金山明博さん(69)はたくさんの仲間たちに祝福された。かつては名作『あしたのジョー』の作画監督を務めた。10年前に体調を崩して以来、一線を退いたが、この年の夏、奮起してギャラリーを借りて絵の個展を開催。この日はそのお祝いだった。
「昔はミカン箱を机代わりに描いたよなぁ」。店内はまるで同窓会。集まったのは約60人。金山さんが若いころに在籍した虫プロの同僚たちである。40年以上前、鉄腕アトムを初めて動かした人々だ。金山さんは相好を崩しっぱなし。「ありがとう、ありがとう」と腰を折り、ビールをついで回った。
『北斗の拳』などを監督し、現在、制作会社の社長でもある芦田豊雄さん(63)は、金山さんがポツリと漏らした一言が忘れられない。「今は月12万円の年金が頼りなんだよ。退職金なんてなかったし。仕方のないことだけど」
芦田さんにとっては、私淑する大先輩である。作画監督としての実績も「ジョー」だけではない。末永く世に誇れるものをたくさん残している。それなのに、不安な老後を過ごしているとは……。
芦田さんは1年後、業界で慢性化した低賃金、過重労働の改善を訴えるため、「日本アニメーター・演出協会」を設立した。「業界は長い間、『低賃金でもアニメが好きだから』という働き手の思いを利用してきた」。記者会見を開き、思い切り語気を強めた。
「立つんだ、ジョー」。一人であふれるほどの動画・原画を描くアニメ作りの現場は、ボクシングに似ている。徹夜や食事を抜くのは当たり前。しかし苦しみの末には、大いなる喜びが待っている。苦痛と愉悦。その繰り返しが人を中毒にさせる。
やがて疲れ果て、心身をぼろぼろにしてしまう人も。〈燃えたよ、まっ白に燃え尽きた、まっ白な灰に……〉。ジョーはリングでそうつぶやき、動かなくなる。そんな世界はフィクションの中だけに、というのが芦田さんらの願いだ。
■日本アニメーター・演出協会■ 通称「JAniCA(ジャニカ)」。板橋区に昨年10月設立。当初二十数人だった会員は現在約500人。労働実態を調査し、賃金アップが必要な現状をテレビ局、広告会社などアニメにかかわる企業に訴えている。ほか、国や地方自治体に人材育成支援を求める運動を展開中。