豪雪地として知られる妙高市の冬の風物詩といえば、トウガラシの雪さらし。回収後、粉砕したトウガラシに塩、米麹、ユズなどをまぜて発酵させると、食卓に赤味を添える「かんずり」になる。「寒づくり」が訛った、この雪国らしい辛味調味料を求めて長野新幹線に乗った。
ピリリと刺激的で香り高い碓氷峠トンネルを抜けると、白銀の軽井沢の町が広がった。長野駅で信越線に乗り換え、次第に雪深くなる車窓を眺めること1時間、新井駅に着く。「雪でたまげたろね」と、(有)かんずり社長の東條邦昭さん(64)が出迎えてくれた。
かんずりは、トウガラシ粉に、もち米麹などをまぜたコリアン料理定番の「コチュジャン」や、青トウガラシに塩、ユズをまぜた大分県特産の「ユズ胡椒」に似ている。料理の引き立て役という役回りも同じだ。
隣の上越市出身の私がかんずりを知ったのは上京してから。赤トウガラシの雪さらしを紹介した全国紙の記事を目に留め、前から一度じかに見たいと思っていた。ただ、雪にさらすのは、降雪量の多い1月の大寒入りから3月上旬までの短い期間だと聞いた。
東條さんの車で市街地を抜け、雪道を上って着いたのは山あいの大濁地区。農家の豊岡文子さん(64)宅で自家製かんずりの作り方を教えてもらった。
用意するのはトウガラシ、塩、米麹、ユズの4種。まずトウガラシをみじん切りにし、すり鉢かミキサーでペースト状に潰す。水気が足りなければ酒を入れる。これに塩と、みじん切りにしたユズ皮を加えてもう一度よくすり、最後に麹をまぜる。壺に入れて1〜3年、暗所で寝かせればできあがり。ミカンやハチミツ、ニンニク、酒粕を入れる家もあるという。
ユズの役割は風味を与えるだけではない。微生物が繁殖する麹は、殺菌作用のあるトウガラシや塩の阻害を受ける。そこで、ユズや他の具材で発酵を促すのだ。そのため、おいしく作るには時間をかけることが必要。「1年くらいで味に深みが出てくるんだけど、うちの人は我慢できなくてすぐ食べちゃう」という、近所の青木ヤヨ子さん(69)の言葉に皆大笑い。
「昔はこの辺の家で作られていた辛味噌のようなものなんだけどね。手間がかかるすけ、あんまり作られなくなったんだわ」と言う東條さんがこの「辛味噌」を50年ほど前に商品化したのが、現在のかんずりだ。上越市には「ぴりっ子」「辛味子」といった類似の別商品がある。「子どもの時分、囲炉裏端でこれを舐めながらドブロクを飲むおやじの後ろ姿を、今でも覚えてますわ」と東條さん。当時はユズを入れず、もっと辛かったとも。
そもそもトウガラシは南米原産。鉄砲が伝来した16世紀ごろ、ヨーロッパ商人が九州に持ち込んだとされる。辛味成分のカプサイシンには発汗促進作用があり、昔は冬、おかずや汁物にかんずりを入れ、あるいはそのまま舐めて体を温めた。ビタミンAやCを含み、また塩気も強いので、農家の人は夏にも常食したという。
脇役のかんずりは和食と合う。この日の豊岡家の食卓には、おでんに山菜の天ぷら、山ウドの炒め煮、根曲がり竹の豚肉巻き、イカの刺し身が並んだ。塗りつけて口にすると、ふわりとユズの香りがして、麹が生み出す味噌のような甘みとコク、トウガラシのピリッとした辛みを舌に感じた。塩辛い作り立てに比べ、発酵させたものは丸みがあり主張しすぎない。なにより、久しぶりの故郷の味に感動して、夢中になって頬張った。
帰りに、東條さんに雪さらしを見学させてもらった。田畑であるはずの場所は白い平原になり、(有)かんずりの女性従業員が、昨秋塩漬けしたトウガラシを雪の畝の上に撒いていく。3日もすると、塩分とあくが抜けて甘みが増し、繊維も軟らかくなるという。
冬の北陸の天候は変わりやすい。ちょうど薄曇の間から日が差し、煙っていた山際もはっきりして越後富士・妙高山がその威容を現した。目前には鮮やかな赤が点々と散っている。厳しい季節に育まれる、雪国の豊かさを見た気がした。
(文/福崎圭介 写真/佐藤新一)
旅行読売4月号よりhttp://www.yomiuri.co.jp/tabi/gourmet/fudoki/20080310tb0a.htm