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2008年03月05日(水) 11時46分

弁護人も泣いた!奇跡の完全無罪オーマイニュース

 ウェブサイトの管理人が名誉毀損容疑で起訴された「グロービートジャパン・平和神軍事件裁判」の判決公判が2月29日、東京地裁の第428号法廷(波床昌則裁判長)で行われ、被告人に対し無罪(求刑・罰金30万円)が言い渡された。同裁判は、ウェブサイト上の表現が名誉毀損にあたるとして起訴された、日本で最初にして唯一の刑事裁判である。

 ここで問題にされたウェブサイトは、「ラーメン花月」チェーンの運営会社「グロービートジャパン」(東京都杉並区、以下GJ社)の問題性や、右翼集団「日本平和神軍」との関係を記載していた告発サイトだ。企業や宗教団体の問題を告発する個人の表現環境を左右する裁判だっただけに、ネット上の表現の自由に関心を持つ人々の注目を集めていた。

 ここで「無罪判決」と言葉に書くと簡単だが、日本の刑事裁判において無罪となることは、非常に殊であることを頭に入れておいて欲しい。というのも、日本では、いったん事件が起訴され裁判となった場合の有罪率は99.8%とも言われており、ある弁護士によると「弁護士にとって無罪判決は、一生に一度あるか無いか」というくらい、希少な事例であるからだ。

 この背景には、検察や警察の優秀さおよび慎重さ(なかなか起訴しない)があると言われているが、本事件の主任弁護人である紀藤正樹弁護士も「弁護活動を18年間やってきて、初めての完全無罪判決」ということだから、いかに無罪判決が珍しいかよく分かる。

■従来なら有罪だった名誉毀損罪の法理

 今回の裁判は、個人ウェブサイト「平和神軍観察会」の中で、GJ社が平和神軍と実質的に一体性のある「インチキなフランチャイズチェーン」であると記述され、営業的な損害を受けたとして、GJ社が同サイトの管理人を名誉毀損で訴えたものだ。

 裁判の争点は、サイトの記載が「表現の自由」の範ちゅうであるかどうかだった。これを法律的な観点で考えると、

1. 記述に公共性があるかどうか
2. もっぱら公益目的で記述されたものかどうか
3. 記述の重要な部分について真実であるかどうか

の3つが論点になる。この3つの論点がすべてYesであった場合のみ、晴れて無罪となるのである。

 波床裁判長が読み上げた判決はこう結論づけた。

 まず、1.の公共性。「GJ社は、フランチャイズ方式で一般の人から店舗経営者を募っており、フランチャイズ方式自体、問題が多く発生する消費者問題であること」や「GJ社とカルト団体が一体性を有するかどうかは、経済活動の内容や規模から考えて重要であること」から、記述の公共性は認められた。1= Yes。

 2.の公益目的はどうか。「サイト管理者が、かねてより宗教団体に興味を持って調査を行っていた」、「雑誌や新聞記事を調査するほか、平和神軍の教祖である黒須英治氏とGJ社役員の関係について登記簿を調べたり、フランチャイズ加盟店の店長からの聞き取り調査をメールで行うなどしていた」、さらには「サイト管理者は、平和神軍関係者から度重なる脅迫行為を受けていたにも関わらず、それに屈することなく表現行為を行っていた」ことから、判決は、

 「たとえ、一部に冷笑的な表現があったとしても、もっぱら公益目的でサイトを作ったと認められる」

とした。2=Yes。

 3.の真実性について、判決は、「GJ社の役員は、平和神軍教祖の息子および娘婿であり、監査役は教祖が連れてきた人物である」とし、以下を事実として認めた。

・教祖がGJ社株式の51%を所有し、設立時にはそれ以上の資本関係にあった
・GJ社から年6000万円といった多額の資金が株式の配当名目で教祖に支払われている
・教祖が代表を務めていた会社に、内装工事費として年2000万円程度の支払いがある
・GJ社社長の妻は、高校時代より平和神軍の関連団体に傾倒しており、子供(教祖の孫)と一緒に平和神軍の集会に出席していた

 ただし判決は、「教祖がGJ社会長を名乗り、対外的な交渉を行っていた」ことは事実であり、「両者に一定の関係性が認められる」としながらも、「法人格として一体ではないし、社員全員が平和神軍の信者であるような、実質的な一体性も無い」ため、「両者が一体であるとした記述は真実とは認められない」とした。

 また、フランチャイズ契約についても「当初、1600万円といっていた開業資金が、直前になって200万円増え、新たな借金を余儀なくされた」ことや、「契約時には、6.1カ月で投資を回収できるとしながらも、1年にわたって売上が低迷し、結局、閉店することになった」という事例があったにせよ、「特段言うべきものではなく、インチキという記述は真実ではない」とした。つまり、3=No。

 要するに、1=Yes、2=Yes、3=No となったわけで、これまでの裁判基準であれば、「無罪となることはない(=名誉毀損は成立する)」はずだった。

■ネットの特性に新基準を提示した画期的判決

 ところが、ここで裁判長は独自の判断を披露した。

 この裁判は、インターネット上の表現が刑事罰に該当するかどうかが問題となっている。

 インターネットの特性を、「発信者同士は対等であり、容易に反論可能」であり、「マスコミの記事ではないことは明らかで、個人が表現を行う以上、情報収集能力や綿密な調査に限界があるから、それを厳しく問うことは自己検閲を招き、表現の自由が目指す公共の福祉に反する」としたのだ。その上で、

・サイトの表現は、平和神軍関係者と掲示板で議論していた流れの中で書かれたものであり、実際にインターネットを活用している相手に反論を要求しても特別不当とは言えない
・インターネット上で表現を行う水準での調査は行われていた
・現代社会の複雑な経済状況において、ある団体と別の団体に一体性があるかどうか調べることは困難であることを考えても、サイト管理人は記述が真実で無いとは知らなかったし、知っていて故意にウソを書いたとは認められない

 以上のことから、名誉毀損の罪には問えず、「無罪」であるとした。

 簡単にいうと「今までの判例基準では有罪であるが、社会情勢が変わったことによる新しい判断基準を適用するため無罪」。すなわち、

 「インターネットの表現には、インターネット用の判断基準を適用すべき」

ということである。3点満点(3つともYes)ではなくても、2.5点ぐらいでいいですよ、という内容になるわけで、これは、言うまでもなく「画期的な判決」といえる。

■歴史に残る判決は3年越しの悲願だった

 ネット以前、名誉毀損は主として、「マスコミ」のみが行うものだった。メディア機能を持つ存在は、マスコミだけだったからだ。そして、マスコミは資金もあり組織的に調査も行えるのだから、ずさんな調査は許されない。そのため、厳格な基準が判例として蓄積されてきた。

 ところが、インターネットが普遍化し、誰もが多数の人に向けて情報発信できるようになると、厳格な基準だけではネット社会が成り立たないことが明らかになってきた。厳格な基準の下では、マスコミ記事が間違っていたとしたら、それを引用しただけで有罪となりえるからだ。

 プロの記者ならともかく、素人のブロガーに「新聞記事の信用性」にまで綿密な調査を求めるのは無茶であろう。そこで判決は、素人が素人なりの限界まで調査した結果であれば、たとえそれが間違っていたとしても、違法ではないと判断した。インターネットの表現の自由を最大限認める形となっているのだ。

 安易な誹謗(ひぼう)中傷を認めるものでは当然ないが、素人による告発サイトや正当な批判に道を広げる歴史に残る判決だろう。もっとも、弁護人もサイト管理人も、従来の裁判基準で真実性が認められなかったことに対し、一様に、「残念であり、納得できない」としている。

 この事件は、刑事裁判だけでも3年、民事裁判も含めると5年という長期にわたって争われている。今回の無罪判決によって一区切りを迎えることとなるが、一歩も戦う姿勢を崩さなかったサイト管理者および弁護人らには尊敬の念すら覚える。

 突然、「あなたのブログは名誉毀損なので、罰金を払ってください」と言われて、心が折れない人は何人いるだろうか? 傍聴席から眺めていて、弁護人の一人、山口貴士弁護士が感極まって涙を流しているように見えたのは気のせいだろうか。

 なお、一区切り付いたとはいえ、まだ検察による控訴が行われる可能性がある。控訴期限は、3月14日だ。

 もし良かったら、インターネットの自由にとって歴史的な判決を確定するために、東京地検に「控訴を踏みとどまるよう」意見を申し出て欲しい。東京地検は、一般からの意見も受け付けており、その番号は、 03-3592-5611だ。もちろん、私も意見を申し出るつもりだ。

(記者:吉本 敏洋)

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