記事登録
2008年02月28日(木) 00時00分

(1)携帯で求職 誘拐に加担読売新聞

 調べる。モノを売り買いする。会ったことのない人と話す——。わずか10年余りで、インターネットは劇的に私たちの生活を変え、便利さ、快適さをもたらした。

 一方、ひずみも目立ち始めている。私たちはネットとどう向き合えば良いのか。連載などを通じ、多角的に取り上げていく。まずは、深まる闇を追いながら考える。


100万円の報酬で誘拐にかかわった男性。接点は赤い携帯電話一つだった(田中成浩撮影、写真は一部加工しています)

 <車の免許を持っている方。リスクがありますが、100万円稼げます>

 昨年5月、携帯電話のサイトの書き込みに、東海地方の男性(42)の目が留まった。男性は焼き鳥店の経営に失敗し、消費者金融などに1000万円の借金を抱えた。「とにかく金が欲しくて」とメールを出した。

 <詳細を教えていただけませんか?>

 <内容は運転手です>

 <報酬の受け渡し方法とリスクの度合いは?>

 <報酬は手渡し。リスクは中程度です>

 互いに名乗らない短いやり取りで、男性は「薬物とかを運ぶのだろう」と軽く考え仕事を引き受けた。

 その日のうちに指示通りレンタカーを借り、翌日に依頼主と少女を乗せ、名古屋市内で降ろした。待機していたが連絡が途絶え、パトカーに囲まれた。中3少女の身代金目的誘拐にかかわったことを知ったのは翌朝、警察署で逮捕状を読み上げられた時だ。


保存していた依頼主の男からのメール(田中成浩撮影、写真は一部加工しています)

 結局、男性は誘拐目的の仕事とは知らなかったとして不起訴になり、今は鉄工所で働く。あの時のサイトは、いわゆる「闇の職業安定所」だ。犯罪に手を染めかねない仕事を請け負う人を、高額報酬で集める。

 なぜそんなサイトの仕事に手を出したのか——。読売新聞の取材に対し、男性が重い口を開いた。

 「実はその前にも、闇の職安を見て中国人女性との偽装結婚を50万円で引き受けたことがあった。切羽詰まれば、お金ってできちゃうものだと驚いた」

 そして、続けた。

 「罪を犯してまでお金を作ろうという気はなかったが、ネットを介するとその認識がうやむやになった。踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまった」

 「ネット以前」には、いくら金に困っても、犯罪の実行役を探す闇の勢力に、自ら接触する人はほとんどいなかった。今はサイトの掲示板が簡単につなぐ。

 北海道大学の町村泰貴教授(サイバー法)は「一部の収集家しか興味のないモノでも同好の士が見つかるのがネットの利点だが、その裏返しで、少数の犯罪者や犯罪性向のある人も結びつけてしまう」と言う。

 <最後の手伝いをしてほしい。殺したい程ムカつく奴(やつ)がいる。請け負います>

 川崎市高津区で自殺志願の女性を殺害したとして、嘱託殺人の罪に問われている電気工が、「デスパ」の名前で携帯電話のサイトに書き込んだ内容だ。

 殺人請負や自殺の手伝いをするようにも読めるが、巧妙な言い回しのため、言い逃れもできる。警察幹部は「表現の自由との兼ね合いもあり、あいまいな言い回しには手の打ちようがない」とこぼす。

 警察庁の委託を受けるインターネット・ホットラインセンターには、違法・有害サイトの疑いのある情報が年間約6万件も届けられる。だが、「復讐(ふくしゅう)」「殺人します」とあっても、相手や行為が具体的に示されていないと警察への通報や摘発は難しいという。違法性が明白と言えないからだ。

 仮に違法性の高いサイトを見つけ、閉鎖や書き込み削除ができても、日本の警察の手が届かない海外サーバーを使って、別のサイトがすぐに生まれる。

 しかも、ネット専従の捜査員は大半の県警で一ケタ、ゼロのところもあるなど捜査体制そのものも脆弱(ぜいじゃく)だ。

 ネットを介した犯罪は野放し状態に近い。

 ◆連載「ネット社会」へのご意見をお寄せください。投稿はこちらから。

http://www.yomiuri.co.jp/net/feature/20080228nt0d.htm