なぜ衝突ぎりぎりまで自動操舵(そうだ)のままだったのか。千葉・南房総沖でイージス艦「あたご」と漁船清徳丸が衝突した現場周辺は、行き交う船の多さから、ベテランの船乗りでも緊張を強いられる海域だった。民間の船をはるかにしのぐ監視能力や体制も結果的に機能しなかった当時の操船状況に、海の怖さを知る船舶関係者だけでなく、身内からも疑問の声が上がった。
「えっ、自動操舵で走ってたの」。海上自衛隊の元幹部は驚いたという。「自動操舵は大海原でほとんど目標がないところでセットする操縦方法。沿岸部で船舶が多くなる海域では手動に戻すべきだ」
手動への切り替え自体はそれほど時間がかかるわけではないが、「何が飛び込んでくるか分からない沿岸で、艦の即応態勢としてよくない」と指摘する。
防衛省の説明などによると、あたごは、遅くとも清徳丸との衝突12分前、漁船の存在に気づいていた。しかし衝突1分前まで、自動操舵を続け、かじ取りを機械にまかせていた。
ベテランの船乗りたちは、この対応に疑問を示す。この海域では手動が常識だという。
現場周辺をひんぱんに航行していた「太平洋フェリー」のカーフェリーの元船長(58)は言う。「周囲の船に常に神経をとがらせる海域。漁船や遊漁船がコースを横切ることも多く、いつでも曲がれるようにしていた」。操っていた大型船は高速で、止めようとしても約1800メートルかかるからだという。
同じく何度も同海域を航行した経験を持つ物流会社の輸送船の元船長(55)も「漁船が横切ってもなお、なぜ自動操舵のままなのか」と首をかしげる。この海域で「このままだとぶつかる」と危険を感じたことは一度や二度ではないという。
「イージス艦の対応は遅すぎる。この海域に慣れていないのは明らかだ」と批判する。
身内トップからも疑問の声が上がった。
石破防衛相は22日、衆院安全保障委員会で「太平洋のど真ん中と同じような自動モードにしていたのなら、適切ではないのではないか、と一般論として思う」と答弁。加えて、あたごが「後進」に切り替えて衝突を避けようとした際も、最後までかじは切っていなかったことを明らかにした。
■早めの回避「当然」
操船だけではない。イージス艦の見張り員は防衛省の調査に、清徳丸とみられる灯火に気づいた際、「そのまま進めば、あたごの後ろを通り過ぎると判断した」との趣旨で説明した。だが、漁船が多い海域を航行する場合、商船なら自ら早めに回避行動を取るのが当たり前との指摘がある。
フェリーの元船長の場合、海域を一周してでも、漁船の群れが行き過ぎるのを待った。漁船は急に止まったり、網をあげて次の漁場に移ったりと動きが複雑だからだ。「相手が避けてくれるなんて思っていたら、大変なことになる。これはイージス艦でも同じだ」
海上保安庁の大型巡視船の船長だった日本海難防止協会の増田正司・企画国際部長も、自身が船長の時は、漁船を発見した時、早めの回避を心がけていた。「船の灯火を見つけたら、双眼鏡やレーダーで衝突の恐れがなくなるまで追っていかないと怖い」
高性能のレーダーに加え、あたごは当時、艦橋付近に乗組員が10人おり、レーダー専従の乗員も配置されていた。民間の商船の見張りは少人数で、通常は2人だ。レーダー専従の乗員もいない。
物流会社の輸送船の元船長は言う。「自衛隊は充実した人員で見張りをしている。見張りがどんな報告をし、当直士官がどんな判断をしたのか理解に苦しむ」 アサヒ・コムトップへ
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