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2008年02月10日(日) 03時01分

捜査阻んだ三つの壁 力士急死、逮捕まで7カ月朝日新聞

 大相撲・時津風部屋の力士急死事件は、昨年6月の斉藤俊(たかし)さん(当時17)の死から前時津風親方山本順一容疑者(57)ら4人の逮捕まで7カ月余と、異例の長期捜査となった。立件までには、直後に検視をしないまま病死と判断した愛知県警の初動ミスのほかに、三つの壁があった。

名古屋地検を出る山本順一容疑者=9日午後7時28分、名古屋市中区で

 最初の壁は、師弟関係の強さ。前親方による口止めの疑いが最近明らかになったが、急死直後の事情聴取にも、全員があうんの呼吸で「けいこ中に突然倒れた」と口をそろえたという。事実関係の解明が難航した。

 遺体解剖で、けいこでは説明できない傷の存在が判明。7月になって、死亡前夜の前親方によるビール瓶での殴打や、兄弟子の暴行などを認める供述が得られた。

 しかし、前親方による指示や木の棒での尻の殴打を話す弟子はいなかった。県警内でも指導の延長線との見方が強く、傷害致死と違って故意の立証が不要な業務上過失致死容疑の適用が検討されていた。前親方主導の疑いが強まったのは9月。「鉄砲柱に縛り付けてやれ」との指示内容が分かったのは10月終わりだったという。

 もう一つの壁は、プロの格闘家がけいこ中に死んだとして刑事責任を問えるか、との難問だった。刑法の規定で、正当な業務による行為は刑事罰の対象にならない。プロボクシングの試合で相手が死んでも刑事責任は問われない。「かわいがり」と呼ばれるしごきで力士が死亡したケースが刑事事件になった前例はなかった。

 一部の兄弟子は制裁目的だったと認め、他部屋の親方は「30分ものぶつかりはけいこの範囲を超える」と証言。だが、「通常のけいこ」とする前親方の主張を覆す科学的な裏付けがなかった。

 県警は昨年末、力士に5分間のぶつかりげいこをしてもらい、筋肉の破壊で現れる酵素や筋運動で生じる乳酸などを計測。30分にわたったぶつかりげいこの異常さを浮き彫りにし、「けいこではない」と断定した。

 三つ目の壁は、暴行と死の因果関係の医学的な立証だった。

 昨年10月に出た新潟大の鑑定書は、死因を「多発外傷による外傷性ショック死」とした。指摘されたのは、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)で、破壊された筋細胞が血中に流れ込み、肺の毛細血管に栓をすることで肺水腫となり、呼吸不全に陥るとされる。ところが、ARDSは発症まで数日かかり、死因としては疑わしいとする異論が、臨床分野の専門家を中心に上がったという。

 そこで、名古屋大に再鑑定を依頼した。浮上したのが、遺体の血液から検出された高濃度のカリウムだ。筋肉が強い衝撃を受けると血中に流出、一定時間で心停止を引き起こすことが知られている。これで2日間にわたった暴行が死に結びついたことが裏付けられた。

 2回の鑑定に計約5カ月を要した。再鑑定結果が報告されてから逮捕までは6日間だった。 アサヒ・コムトップへ

http://www.asahi.com/national/update/0209/TKY200802090267.html