深刻な中毒被害をもたらした中国製ギョーザ。有機リン系毒物はいつ、どのようにギョーザに入り込んだのか。情報が不十分ななか、専門家はいくつかの可能性を指摘する。
どこで混入したか
天洋食品工場内部の作業風景。従業員が肉に串を通す作業をしている=取引先企業提供
「食べて2口目で薬のような苦みを感じた。視界がぐるぐる回って、しゃべるのもつらくなった」。昨年12月、次女とともに中毒になった千葉市稲毛区の主婦(36)は31日、そう語った。そばにいた夫が「死人のようだ」と感じるほど、主婦の顔は青ざめていた。病院に搬送された時、体温は34.5度だった。
千葉県と兵庫県の計3地点で起きた中毒を線で結ぶと、浮かぶのは嘔吐(おうと)、下痢、低体温など、死さえ予期させる有機リン系毒物特有の症状だ。
ギョーザの具の野菜に残った農薬が原因という可能性を指摘するのは、毒物に詳しい田坂興亜・元国際基督教大教授だ。メタミドホスは水溶性で野菜などを洗っても落ちず、組織内に浸透する。
「中国では収穫直前まで農薬をかけることも珍しくない。具になった野菜の一部に極端な高濃度で残った農薬が中毒を引き起こした可能性は否定できない」
しかし千葉市の主婦に見られたような症状の激しさから、「残留農薬説」には否定的な見方が強まっている。
財団法人日本中毒情報センター理事の内藤裕史・筑波大名誉教授によると、メタミドホスは体重10キロの幼児なら0.3ミリグラム(推定値)という数滴にも満たない微量で中毒を起こす。ただ大人が急性中毒を起こすには、常識では考えられない量の野菜を一度に食べることになるという。
毒物学の専門家には、ギョーザの打ち粉に粉末の殺虫剤が紛れ込んだなど、毒物が直接混入したとみる人が少なくない。残留農薬が原因なら、2事件でパッケージからも毒物が検出された事実に説明が付きにくい。
最初にパッケージが汚染されたとする説もある。中京学院大中国ビジネス学科の久野輝夫助教によると、中国では10月1日の「国慶節」のころ1週間ほど工場が止まる。その前に虫の卵がつかないよう倉庫を燻蒸(くんじょう)する習慣があるという。
問題の製品は昨年10月1日と20日に製造されたとみられる。倉庫内に保管されていた袋も燻蒸され、薬剤が残った状態で休み明けにギョーザが詰められた——。
「包装に農薬が付いていれば、ギョーザ一つひとつを調べても検出されない。全国各地で被害が出たのは、その時の袋が各地に出荷されたからではないか」と話す。
農林水産省によると、ギョーザなど豚肉を使った食品は、同省による加熱工程の検査に合格した「指定工場」でないと日本に輸出できない。家畜伝染病の口蹄疫(こうていえき)を防ぐためで、現在、中国には、問題の天洋食品など79の指定工場がある。
加熱の基準は「蒸気で食品の中心温度を1分以上70度にすること」。現場の工場は、制度が導入された01年5月に指定工場になり、05年6月の検査でも、温度、時間とも合格だったという。同工場では、ギョーザのあんを皮に包んだ後で加熱工程に回していた。
食品分野に詳しいある貿易会社OB(63)は「きちんと熱処理をしている工場で人が重体になるほどのメタミドホスが残留したとは、何者かが故意に入れたとしか考えられない」と指摘する。
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厚生労働省と警察庁は、中国での製造や包装の過程で農薬が混入したとの見方を強めている。
厚労省幹部は残留農薬が原因であれば「一個のキャベツに何リットルもの農薬をぶっかけたようなレベルの濃度だ」と話した。
兵庫県と千葉県で食中毒を引き起こした冷凍ギョーザは、その後の厚労省の調査で、ともに天津から船積みされたが、別の船便で川崎港と大阪港に輸送され、積み込み日も別だったとわかった。これらから日本国内で混入した可能性は低いとの推測が出ている。
警察当局は、ギョーザやパッケージを鑑定し、輸入元や商社に事情聴取している。ギョーザの包装には人為的な穴などの不審点は見あたらず、中国での製造・包装の過程で混入された疑いがあるとみている。
千葉県警は、千葉市稲毛区の母子が食べたギョーザなどを鑑定中だ。このケースでは調理前のギョーザが残っていたため、鑑定で農薬成分の付着部分を特定できる可能性があるとみられる。
何者かが故意に毒物を混入した場合なら、殺人未遂の国外犯規定を適用する可能性もあるが、過って混入する業務上過失傷害には適用されない。 アサヒ・コムトップへ
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