「ブランドイメージを守る目的でヤミ改修をした」−。三菱自動車のクラッチ系統部品の欠陥による死亡事故をめぐり、横浜地裁で十六日言い渡された判決は、同社元トップらに「有罪」の判断を突きつけ、同社の「隠ぺい体質」を厳しく指弾した。法廷で、かつて「スリーダイヤ」の威光を背負った被告らは表情をこわばらせ、当初は事故の責めまで負わされた被害者の遺族らはハンカチで涙をぬぐった。一連の不祥事の余波で、三菱車の販売の現場は、いまだに“負の遺産”を背負ったままだ。
「製造車両の不具合情報を、安全対策上極めて不十分なヤミ改修(指示改修)で糊塗(こと)していた」。判決は、三菱自の長年の“隠ぺい体質”を批判し、旧運輸省から報告を求められてもなお、隠ぺいを続けた元社長河添克彦被告(71)ら四被告の無責任ぶりを断罪した。
判決は、二〇〇〇年に名門企業を揺るがしたクレーム隠し事件が発覚した際、河添被告だけでなく、元副社長村田有造(70)、元役員で三菱ふそう元会長の宇佐美隆(67)、元品質・技術本部副本部長中神達郎(65)の三被告が、隠ぺい体質を維持した姿を詳細に述べた。被告らが部下に指示して旧運輸省に虚偽報告をさせたとする検察側の主張は退けたが、「被告らは部下から虚偽報告をしたことを知らされ、容認した」と指摘した。
判決によると、中神被告は、一九九八年三月以前のクレーム情報が社内で隠されていたにもかかわらず、旧運輸省に「情報管理システムが変わり、古いデータがない」「調査に時間がかかる」とうその説明をした。村田、宇佐美の両被告は、危険な不具合情報が隠されていることを知りながら、国への虚偽説明を了承した。この結果が、二年後の死亡事故につながった。
■「極めて安直だ」弁護団争う姿勢
「なぜ有罪になるのか理解できない。こんな判決では、製造会社の場合、人身事故が起きたら、企業トップは必ず刑事責任を取らなくちゃいけない。極めて安直だ」−。閉廷後、すぐに控訴した三菱自元社長の河添克彦被告ら四被告の弁護団は横浜市中区で記者会見し、怒りをあらわにした。
河添被告の主任弁護人・金森仁弁護士は「結果責任を押しつける検察官の主張を追認し、企業経営者に実現不可能な義務を課す判決で、到底承服できない」とコメントを読み上げた。
金森弁護士は「公判で、不具合を選別する担当責任者が『基準に従わずに、上司にうその報告をした』と話したが、無視された。これでは何のために裁判をしてきたのか分からない」と批判。「当時の社長が、どこまで何をすべきだったのかが問われた裁判なのに、判決は行為規範をまったく示していない」とした上で「判決は最近の過失理論からかけ離れており、上級審で是正されることを確信している」と控訴審で争う姿勢を示した。
■河添被告 首振り落ち着きなく
主文が言い渡された瞬間、三菱自元社長の河添被告は驚いた表情で裁判長に目を向け、納得がいかないとばかりに首を横にかしげた。
約三年三カ月に及ぶ公判で「オープン、フェアーに対応するよう指示してきた」と繰り返し、一貫して無罪を主張した河添被告。常務から“十人抜き”人事で社長に上り詰めた元トップは、自らの過失責任が認定されるたびに、何度も首を横に振った。ぼうぜんと天井を見上げ、背筋を伸ばすしぐさをするなど、終始、落ち着かない様子で判決理由を聞いた。
虚偽報告事件では無罪判決を受け、安堵(あんど)の笑みが見られた三菱ふそうトラック・バス元会長の宇佐美被告。この日は目をつぶったまま、首を傾け、動かなかった。ほかの二被告もうつむいたままだった。
傍聴席には、欠陥クラッチ事故で亡くなった運転手の男性=当時(39)=の遺族の姿があった。鹿児島県から駆け付けた男性の弟と息子は、傍聴席の最前列で、にらみ付けるように四被告を凝視。二人は時折、手で涙をぬぐいながらもじっと判決に聞き入り、閉廷後は、互いに顔を見合わせ、ほっとしたような表情を浮かべた。
■責任追及は不可欠
製造物責任(PL)法に詳しい山口正久・金城学院大大学院教授の話 予想よりも厳しい判決だが、事件の重大性を考えれば当然だ。三菱自が抱えていた隠ぺい体質を厳しく指摘し、トップの責任を正面から認めた判決は評価できる。製品事故の場合、個人の責任を問うのは良くないという意見もあるが、不具合隠ぺいという故意に近い過失があるならば、個人の責任追及は不可欠。企業ぐるみの犯罪なので、三菱自に刑事責任を課す必要もあり、そうした仕組みも今後は必要だ。
■企業を委縮させる
元検事で企業コンプライアンスに詳しい郷原信郎・横浜桐蔭大法科大学院教授の話 不具合の具体的な内容を知らない河添被告まで個人の刑事責任を問うのは、過失責任の成立範囲としては広すぎるのではないか。製品事故防止の問題をすべて刑事責任中心に解決しようとすることは妥当とはいえない。このような責任追及が定着すれば、企業の活動を委縮させかねないし、刑事責任を意識した企業側の対応がかえって原因究明の妨げになり、真の安全確保につながらない。
(東京新聞)