「ダウンロード違法化」が不可避に——12月18日に開かれた、「私的録音録画小委員会」(文化庁長官の諮問機関・文化審議会著作権分科会内)で、「著作者に無許諾で動画や音楽をアップロードしたサイト(以下「違法サイト」)からのダウンロード」を、著作権法30条で認められた「私的使用」の範囲から外し、「違法サイトと知ってダウンロードした場合は違法とする」という方向性がまとまった。
同委員会が公表した「中間整理」に対するパブリックコメントでは、「ダウンロード違法化」に対し、一般ユーザーから多数の反対意見が寄せられた。それでも違法化の方向が固まったのはなぜだろうか——
著作権法30条では、著作物の複製について、「私的使用」のための複製を認めている。私的使用とは、「個人的に、または家庭内、これに準ずる範囲内での使用」と定義されており、例えば自分で購入したCDから楽曲をリッピング(=PCに複製)し、iPodで個人的に楽しんだり、地上波で放送していた映画を録画し、家族で見る——といった行為は私的使用の範囲内に含まれる。
今回議論の争点となったのは、違法複製物からの複製(ダウンロード)を30条の適用範囲から外し、違法とするかどうかだ。違法複製物とは、DVDやCDの海賊版や、著作者に無断でアップロードされた映像、音楽ファイルを指す。後者は具体的には、携帯電話向けサイトにアップロードされた違法着うたや、P2Pファイル交換ネットワーク上に違法アップロードされた映画・音楽などだ。
これらを「アップロード」する行為は、現行の著作権法上では「公衆送信権」(送信可能化権)の侵害として、違法行為となる。だがこれらのサイトからの「ダウンロード」(複製)は、30条の「私的使用」の範囲内。現行法上は合法となっており、違法着うたをダウンロードしたり、ファイル交換ソフトに違法にアップされた音楽・映画のダウンロードは合法だ。
●「ダウンロード違法化」の経緯
委員会では、日本レコード協会専務理事の生野秀年委員が中心となって、違法サイトからのダウンロード違法化を訴えてきた。音楽業界では違法着うたによる被害が深刻で「アップロードを取り締まってもいたちごっこ」といい、ダウンロードも違法とすれば、違法着うた撲滅(ぼくめつ)につながる——という意図からだ。他の委員も、権利者側の委員を中心に、ダウンロード違法化について同意していた。
これに対して反論を続けてきたのが、IT・音楽ジャーナリストの津田大介委員だ。「ユーザーから見れば違法か適法か分からないサイトが多く、違法とされれば悪意のない多くのユーザーが“潜在的犯罪者”とされる」「法改正を利用した悪質な業者につけこまれ、架空請求のネタに利用される可能性がある」「そもそも送信可能化権で違法サイトを取り締まればよく、ダウンロード違法化は行きすぎ」といった意見を訴えてきた。
これらの議論を集約した委員会の「中間整理」では「著作者に無許諾で動画や音楽をアップロードしたサイトからのダウンロードについて、『情を知って』(違法サイトと知って)いた場合は、著作権法30条で認められている『私的使用』の範囲から外し、違法とすべきという意見が大勢であった」と、権利者側の意見に重点が置かれた書き方になった。
●ネット上では「違法化反対」が大勢
こういった「ダウンロード違法化」の動きについて、ネット上では「権利者の立場を保護しすぎで、ユーザーの権利や利便性を損ねる。違法化は行きすぎだ」という意見が「大勢」だ。津田委員はそういったネットユーザーの意見を集約し、発信する団体として、法政大学の白田秀彰准教授などとともに「インターネット先進ユーザーの会」を設立。中間整理に対するパブリックコメントで、ダウンロード違法化に反対する意見を団体として提出したほか、一般ユーザーがパブリックコメントを提出しやすくするテンプレートをサイト上で公表した。
中間整理に対して寄せられたパブリックコメントの総数は約7500件と「これまでにないほど多かった」(文化庁の川瀬真・著作物流通推進室長)。うち半数以上が「ダウンロード違法化」に対する反対意見を盛り込んだ、MIAUが公表したテンプレートを活用したもの。パブリックコメントの結果が公表されて初めて行われた前回の小委員会では、反対意見も考慮すべきという意見が出されていた。
ただ、18日の小委員会で、文化庁は「違法サイトからのダウンロードも違法化すべき」という方向でまとめた資料を提出。ダウンロード違法化が、ほぼ決まった。
●なぜ「違法化」が必要か
「違法サイトからのダウンロードを、30条の適用範囲から外すことは不可避だろう」と文化庁の川瀬室長は話す。その理由として、(1)違法サイトからのダウンロードで、正規品ダウンロード市場を凌駕(りょうが)する規模の流通が行われ、権利者が経済的不利益をこうむっている、(2)P2Pファイル交換ソフトによる違法配信は、アップロードしたユーザーの特定が難しい場合があり、送信可能化権だけでは十分に対応できない、(3)国際条約や先進諸国の動向を見ても、ダウンロードは違法化すべき——といった理由を挙げる。
●「ネットはダークサイド」と映画製作者連盟・華頂委員
津田委員は反論する。「確かに違法着うたによって経済的不利益は出ているだろうが、それでも着うたフル市場は前年比2倍ペースで伸びている。レンタルCDからリッピングすれば、安価に着うたを作成できる環境もある。そんな中で違法ダウンロードを30条から外しても、音楽の売り上げが5倍・10倍になることはないだろう」
「(違法サイト上などでは)無料で見られるからこそ見ている人が大半だろう。そういう人がDVDを買ったり、映画館に足を運ぶだろうか。コンテンツの『利用規範』としてダウンロードを違法化する効果はゼロではないだろうが、副作用もある」(津田委員)
日本映画製作者連盟の華頂尚隆委員は「米国の調査会社の2005年に、映画の海賊版被害が日米でそれぞれ、年間400億円あるという試算を出した。動画共有サイト流行前の当時ですらそうなのだから、今は増えているだろう」と、被害の大きさを強調する。
華頂委員はさらに言う。「海賊版駆逐の王道は、海賊版とあまり変わらない価格で、正規品と同じ経路で流通させること。だがネットでは正規品が流通しない。ネットはダークサイドで、全く別世界」
「例えば、動画共有サイトに人気映画がアップロードされるとユーザーから賞賛の嵐が起きる。まるで、(悪徳商人から盗んだ金銭を貧しい人に分ける)ねずみ小僧のような扱いだが、映画製作者は悪徳商人ではなく、善良なクリエイターだ」(華頂委員)
●「権利者はやることをやっていない」と津田委員
ネット上では正規品が流通しない——という華頂委員の意見にも、津田委員は強く反論する。「ネット上に安価で、カタログがそろった状態で、(ウイルス感染などの)危険もない正規品があるなら、消費者はそれを選ぶはずだ。米国ではiTunes Storeで映画の販売が始まっており、一定の利益を上げているが、日本でままだまだその環境が整っていない。日本の権利者は、やることもやらずに、権利だけを強化してくれと言っているように見える。そこが消費者との溝を生む」(津田委員)
生野委員は「日本の音楽配信は、世界第2位のマーケット。モバイルが圧倒的にシェアが高いが、決して権利者側が配信に後ろ向きなわけではない」と反論する。
日本音楽作家団体協議会の小六禮次郎委員は「権利者は今まで、何も言わなさすぎた」と話す。「著作権は小さな権利で、保護の体制全体が心許ない。消費者は、一部の豊かな権利者を見て、われわれが権利の上で豊かな生活をしていると誤解しているかもしれないが、われわれも一般消費者と変わらない立場。もっと保護してもらいたい。保護されたからといって、それに甘んじてスポイルされることはない」(小六委員)
●ユーザーの不買運動につながる
津田委員は「そもそも、改正の必要性を感じない」と改めて訴える。「今は過渡期で、例えばレコード会社がDRMフリーで音楽配信するなど、さまざまな試行錯誤が行われている。どういった形態がうまくいくかは市場の評価が決めること。『著作権保護を強化し、ユーザーに対する規制を強めようというこういった流れが強くなれば、ユーザー側は『じゃあ音楽を買わない』『TVも見ない』という方向になると思うがそれでいいのか」(津田委員)
レコード協会の生野委員は「タダで入手できないから買わなくなる、というのは全くありえない」と強い調子で反論する。「ネット上での違法流通は、日本国内でも中国の海賊版と同じぐらいひどい状況。このままではレコード業界のビジネスが立ちゆかなくなる」
対して津田委員は言う。「違法ダウンロードをさせろとは言っていない。コピーワンスやCCCDもそうだが、権利者団体の『保護を強化せよ』という流れが進めば、不買につながる可能性があると言っている」
●日本人は「まじめにお金を払っている」のだから
「1999年ごろから、日本・海外のコンテンツ事情を見てきたが、日本ほどコンテンツに誠実にお金を払っている国はなく、そのおかげでコンテンツビジネス市場も拡大してきた。これだけお金を払っているんだから、多少のコピーはさせてくれてもいいじゃないですか。権利者のみなさんも、ユーザーを信頼してくださいよ」と、津田委員は苦笑する。
華頂委員は「おっしゃることはよく分かるが、ネットのインフラが整ったことによって、その前提が崩れている」と反論。津田委員は「それでもいろんなものが踏みとどまっているのが日本で、踏みとどまっているからこそ新ビジネスが模索できる。ユーザーも権利者も合意した上で、新しいものを作って前に進める環境作りが必要だが、今そういう状況になっていない。溝は深まるばかり」と話す。
主婦連合会の河村真紀子委員も「疑わしきは権利者の利益に、という方向に議論が流れてきた。行政が消費者保護に力を入れる中、著作権法制は文化と関係あるからといって消費者をないがしろにするのは、公正性・透明性にも欠けている。文化庁には消費者へのフェアという視点も考えてほしい」と話す。
●「保護ではなく、ビジネスで戦うべき」と主婦連・河村委員
河村委員は「損害を与えているのはダウンロードではなく、違法アップロードを取り締まるべきだろう」と華頂委員に意見した上で、「小六委員の言う『保護』は、ビジネスで利益を生むものではない。ビジネスで戦ってもらわないと」述べる。これに対して華頂委員は「違法アップローダーとビジネス上での競争などしたくはないんですが」と皮肉たっぷりに反論。河村委員は「だから取り締まるべきと言っている」と返す。
河村委員は私的録音録画補償金についても言及。「ビジネスで戦うべきだ。保護を前提に黙って座り、『ただ保護されていれば細々と補償金だけが入ってくる』ということでは、クリエイターは食べていくことはできない。このような制度で、その点がうやむやになっている気がしている」と述べると、実演家著作隣接権センターの椎名和夫委員は「その発言は侮辱です!」と声を荒らげる。「侮辱ととらえられたなら謝罪するが、これは皮肉。どうしてこういう皮肉が出たか考えてほしい。権利者が保護されるべき権利は、あるのかと」(河村委員)
小六委員は「日本音楽作家団体協議会の構成員は、著作物の利用者でもある。協議会での議論でも『ダウンロードを違法化しないほうが、ビジネス面では優位なのでは』という意見も出た。だが著作権のそもそもの理念を考え、利用者側としての不都合を受け入れても、こうするしかないという結論になった」などと説明する。
●新ビジネスに支障も?
ITビジネスのコンサルティング事業を手がけるイプシ・マーケティング研究所社長の野原佐和子委員は「古い法律でがんじがらめになっていては、新しいビジネスが生まれないのでは」と懸念を述べる。「今は『違法かもしれない』サービスが将来のビジネスを生む可能性がある過渡期。古い法律の規制が行きすぎることは避けなくてはならない」(野原委員)
委員会の構成員の選び方にも言及する。「委員会はその時点の関係者、つまり、今現在被害をこうむるかもしれない人でのみ構成されているために、どうしても近視眼的な議論になる」(野原委員)
●「国際的潮流」は危険なキーワード
また、津田委員は文化庁が「国際条約や先進諸国の動向を見ても、ダウンロードは違法化すべき」としたのに対して、『国際的潮流』というのは危険なキーワード」と指摘する。
「国によって違法コピーの状況やDRMの仕組みも全く異なる。例えば(デジタル)TV放送にこれだけ厳しくDRMをかけているのは日本だけ。そういった国別の事情のバランスも考えるべき」(津田委員)
椎名委員は「地上波テレビのビジネスモデルが日米で違うという事情は、総務省の委員会でも検討してきた。そういった違いがありながらも、ネットと向き合う上での規範という意味では横並びはあってもいいのではないか」と話す。
●文化庁「総合的に考えると、法改正は不可避」
文化庁の川瀬室長はこういった意見を踏まえつつも「改正(ダウンロード違法化)はやむをえない」と話す。「先進諸国の例にならうというだけでなく、違法着うたやファイル交換によるダウンロードが、適法な利用を凌駕しているという事実がある。フリーライドの典型」(川瀬室長)
また、違法アップロードしているユーザーに対して、日本レコード協会などが警告すると、9割がアップロードをやめる——といったことや、P2Pファイル交換ソフトの利用していた人が利用をやめた理由について、26.4%が「著作権侵害を避けるため」と答えた——といった事実を踏まえ、「総合的に勘案すると、(違法コンテンツ流通への抑止力としても)改正はやむをえない」と話す。
新ビジネスへの影響については「例えば、違法にコンテンツが投稿されるサイトについて、サービスをやめさせるという方向ではなく、権利者から許諾を出して適正に利用できるようルール作りをするという方向もある」などと話す。
●「パブリックコメントの結果、重く受け止めて」
「ダウンロード違法化に反対したパブリックコメントの結果を、重く受け止めてほしい」と津田委員は言う。主婦連合会の河村真紀子委員も「パブリックコメントの結果、圧倒的多数が反対だった。それだけの意見が集まった事実がありながら、『それはそれとして』と簡単に進めていいのか。反対意見の数を受け止め、反対した人にも納得してもらえる説明できるようにすべき」と批判する。
川瀬室長は「反対意見はもっともだと思うし、その意見は十分に踏まえているつもりだ」と釈明する。「反対する人々の疑念に答えるため、政府、文化庁、権利者にも汗をかいてもらって、まぎれないように運用していきたい」(川瀬室長)
例えばユーザー保護の施策として、法改正がなされた場合、その内容を政府・権利者がユーザーに周知徹底するほか、権利者がユーザー向けの相談窓口を設置したり、違法ダウンロードに対する警告方法を周知。適法サイトを示すマークを普及させる——といったアイデアを提案。「知らずに違法サイトからダウンロードした」といった事態を避けられるよう、合法サイトを簡単に見分けることができる仕組みを作るとしている。
また法執行の面でも、ユーザーの一方的な不利益にはなりにくいと説く。「仮に、権利者が違法サイトからダウンロードしたユーザーに対して民事訴訟をするとしても、立証責任は権利者側にある。権利者は実務上、利用者に警告した上で、それでも違法行為が続けば法的措置に踏み切ることになる。ユーザーが著しく不安定な立場に置かれる、ということはない」などとする。
●やっぱり「違法化」
委員会の主査を務める中山信弘・東京大学教授は「一番大事なのは利用者の保護」としながらも、「違法サイトからのダウンロードを違法にすることで、国民の意識は変化するだろう。『情を知って』という言葉も入る(違法サイトと知ってあえてダウンロードしていないと違法とならない)し、刑事罰もない。一般のユーザーはそれほどひどい目には遭わないと思う」と、違法化は不可避——という方向で議論をまとめた。
また、今回の議論はダウンロードのみ「複製」とみなし、ストリーミングサービスは対象外。ストリーミングサービス利用時にWebブラウザに残るキャッシュについては複製とは扱わず、違法サイトで公開されたコンテンツのストリーミング視聴は合法、ということになる。文化庁は「キャッシュの扱いについて議論した著作権分科会の今年1月の報告書などを踏まえ、必要に応じて法改正すれば問題ないのでは」などとしている。
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