妊婦健診を一度も受けず、生まれそうになってから病院に駆け込む「飛び込み出産」が増えている。今夏、奈良など各地で妊婦の搬送受け入れ拒否が発覚したが、病院側が断った理由の一つは「未受診」だった。医学的にもリスクが高く、振り回される医師からは「妊婦としての自覚をもって」との悲鳴が上がる。背景には経済苦や産科施設が減って遠くなったことなど、様々な格差が横たわる。
健診で子宮底長の測定を受ける臨月の妊婦。出産までに必要な健診は14〜16回だ=神戸市内で◇
「破水した」——。
大阪市浪速区の愛染橋病院に、40歳代の女性がいきなり訪れたのは7月上旬の夜。妊娠30週で一度も妊婦健診を受けていなかった。そのまま入院、2日後、帝王切開で出産。早産のため、赤ちゃんは新生児集中治療室(NICU)に入った。
その10日ほど後にも、この病院に未受診妊婦が救急車で運ばれてきた。妊娠40週。すでに産道が開きかけており、到着30分後に出産した。
同病院によると、今年1〜7月、20週以上で未受診のまま陣痛や異常を訴えて駆け込んできたのは、19歳〜40代の18人。「妻が無職で夫の欄が空欄」か「夫婦ともに無職」が11世帯、生活保護を5世帯が受けていた。同病院など府内2院が96〜00年に受け入れた205人のうち、カルテから未受診の理由が分かる99人の半数が「経済的理由」をあげた。
神奈川県産科婦人科医会が、周産期救急搬送システムの八つの基幹病院を調べたところ、03年に20件だった飛び込み出産が、07年1〜4月には35件。通年では100件を超える見込みだ。
同県内では産科医不足などで昨年度、7病院が産科を閉じた。調査をまとめた横浜市立大学の平原史樹教授は「妊娠は病気ではないという安全神話が広まったところに、分娩(ぶんべん)施設の相次ぐ閉鎖が追い打ちをかけた。健診費が比較的安い公立病院から産科が撤退、収入が少ない若い貧困層が健診を敬遠している。経産婦も上の子の手を引いて遠くの病院を受診するのはおっくうなのでは」。
●現場は疲弊●
未受診出産は、医師不足でかつかつの現場をさらに疲弊させている。
日本医科大多摩永山病院が、未受診妊婦41人を分析したところ、子が死亡したのは4例。周産期(妊娠22週〜生後1週間)の死亡率は、通常の約15倍だった。11人が出産費用を支払っていなかった。
調査した中井章人・同大教授は「医学的にハイリスクで、高次医療機関でしか対応できない。未収金のリスクもあり、病院側の負担が増す」。
奈良で11病院に搬送受け入れを断られ死産▽千葉で16病院に断られ切迫流産▽大阪で19病院に断られ自宅出産。8月から相次ぎ発覚したケースはいずれも未受診妊婦だった。
搬送受け入れ拒否問題を受け、奈良県立医大が緊急調査をしたところ、同大学病院への飛び込み出産は98〜06年に50件。98年の3件が、03年に11件と3倍以上に増えていた。妊婦・新生児ともに異常は多く、妊婦の胎盤早期剥離(はくり)は2人で通常の10倍、呼吸障害など治療が必要な新生児は19人と通常の約20倍だった。同医大産婦人科の小林浩教授は「未受診だとリスクが非常に高い。妊婦さんも家族もそのことをよく知って、必ず健診を受けてほしい」と話す。
●少ない助成●
ただ、未受診の背景には経済苦が広がる。生活保護の出産扶助で現金支給を受けた人は、97年の839人から06年には1396人に。これとは別に、低所得者の出産費に自治体が配布する「助産券」を利用した人は97年の3392人から05年には5756人に増えた。受診できる態勢づくりも必要だ。
妊婦健診は1回5千〜1万円程度かかる。出産までに14〜16回受診する必要があるが、自治体の公費助成は平均2.8回。厚生労働省は今年1月、5回程度が望ましいとしたが、多くの自治体が財政難などを理由に回数増には踏み切っていない。特に関西は1回の自治体が、大阪32、兵庫19、奈良24と低調だ。
大阪府の阪南中央病院産婦人科の加藤治子医師は、最近、こんなケースに遭遇した。「派遣社員で妊娠を機に退職したが、前年度に課税所得があり、助産券が交付されなかった」「国民健康保険の滞納があったため、出産一時金はその解消に充てられた」
茨城県立医療大学の加納尚美教授(助産学)は「国は妊娠・出産に関し最低必要な医療内容と費用を算出し、その部分は公費で手当てしてほしい」と話す。