奈良医師宅放火殺人事件をめぐる供述調書問題で、秘密漏示の罪で起訴された崎浜盛三医師は300万円の保釈保証金で保釈を認められ、2日午後6時半ごろ、奈良市の奈良少年刑務所から、弁護人に導かれるように姿を現した。「長男のことを思ってやったことだが、結果的にこんなことになって残念。複雑な気持ち」と報道陣に心境を語った。
9月に自宅を家宅捜索された時と比べ、若干やつれた様子。鑑定医の仕事は「必然的に距離を置くことになる」と語り、一礼して立ち去った。
「供述調書を見せて下さい」「いいですよ」
関係者によると、昨年9月末、京都市内の居酒屋で交わされたというこんな会話が、調書漏洩(ろうえい)問題の発端だった。
草薙厚子氏が崎浜医師に取材を申し込んだのはこの約1カ月前。旧知の京大教授から、精神鑑定医が崎浜医師だと聞いた草薙氏が紹介を頼み、メールアドレスを教えてもらった。草薙氏は少年鑑別所の元法務教官。97年の神戸連続児童殺傷事件の取材経験などがあった。
草薙氏と講談社の間で、具体的な出版話が持ち上がったのは11月。供述調書を引用するスタイルや、取り調べ中に長男が書いたとされる直筆の「カレンダー」を使ったカバーのデザインは、「本物の迫力に勝るものはない」として、次々と採用が決まった。
一方、崎浜医師には出版の具体的な計画は知らされなかった。崎浜医師が本を見せられたのは、本が出荷される数日前だった。調書を引用した内容やカバーに疑問を持ったが、出版中止は求めなかったという。
講談社内でも、出版への不安はあった。発売間近の5月、関係者が顧問弁護士に見解を聞くと、刑法の秘密漏示罪に触れる可能性があると指摘された。しかし、刷り上がった初版本は書店への出荷を待っており、ブレーキはかけられなかった。関係者の一人は、名誉棄損などの民事訴訟を起こされることは考えていたが、「まさか刑事事件に発展するとは予想もしていなかった」。
その後、本に引用された供述調書の内容は、奈良家裁が崎浜医師に貸し出した資料と一致。長男らの告訴を受け、地検が強制捜査に乗り出した。
講談社は医師の逮捕後、ホームページ上で「捜査の目的はメディアの取材活動を萎縮(いしゅく)させることにあり、到底容認できない」と反論。一方、「権力の介入を引き起こしてしまった社会的責任を痛感」と表明し、取材や出版の経緯について検討する調査委員会を設置することを発表した。
〈草薙厚子氏のコメント〉 鑑定医の方はもとより、ご迷惑をおかけした方々には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、公権力の介入は許せません。
http://www.asahi.com/national/update/1103/OSK200711020075.html