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2007年10月26日(金) 01時42分

裁判員候補者 「思想・信条」で辞退できる?(10月26日付・読売社説)読売新聞

 裁判員制度は果たしてうまく機能するのだろうか。そんな不安を抱かせる政令案である。

 法務省は、どのような場合に裁判員を辞退できるかを定めた政令案をまとめた。

 問題なのは、「精神上の重大な不利益」という表現で、「思想・信条」を理由にした辞退を、場合によっては認める項目が加えられたことである。

 裁判員の候補者は、選挙人名簿から無作為に選ばれる。裁判員法は、国会議員や法曹関係者、警察官、自衛官などは裁判員になれないと規定している。

 辞退できる条件も定めている。70歳以上、学生または生徒、重病の人、親族の介護にあたっている人などがこれに該当する。政令案は、これらの辞退条件を補完するものだ。

 政令案には、焦点だった「思想・信条」の文言は明記されなかった。しかし、「裁判員の職務を行うことにより、精神上、重大な不利益が生じる」場合に辞退を認め、その判断は裁判官に委ねた。

 「自分の信念として、人を裁くことはできない」と言う人に裁判員を無理強いすれば、審理が円滑に進まない可能性もある。死刑制度に反対する人が、死刑判決が予想される事件の裁判員になれば、量刑への影響もあろう。

 公正・公平な審理のため、「精神上の重大な不利益」を辞退理由として認めるのは、個別のケースによってはやむを得ないだろう。

 だが、「精神上の重大な不利益」に該当するかどうかの判断は、内面の問題だけに、極めて難しい。

 辞退を望む裁判員候補者は、裁判官との面談で理由を述べる。裁判官は申し出の真偽を見極めなくてはならない。

 裁判官によって、判断の尺度が違うかもしれない。判断の結果にばらつきが出るようなことがあれば、不公平感が生じる。裁判官は、これまで以上に重い責任を背負うことになる。

 読売新聞の昨年12月の世論調査では、裁判員として「裁判に参加したくない」人が75%に上った。「自信がない」などの理由で裁判員をやりたくない人が「精神上の重大な不利益」を口実に辞退を申し出ることはないだろうか。

 辞退者が続出すれば、国民の幅広い層の社会常識を裁判に反映させるという制度の趣旨が揺らぐ。

 法務省は「運用していくうちに、一定のラインに収斂(しゅうれん)していくだろう」と言う。多少の混乱は織り込み済みということだろうか。何とも心もとない。

 制度のスタートまで1年半しかない。残された時間は、短すぎないか。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071025ig90.htm