山口県美祢市の刑務所に、受刑者とまったく同じ食事ができる食堂が登場し、「意外なおいしさ」と驚かれている。拘禁施設の食事は長年、「くさい飯」と呼ばれ、マイナスイメージがついて回ったが、最近の事情は違うらしい。くさい飯は本当はうまいのか。
受刑者の昼食と同じメニューの「美祢定食」=山口県の美祢社会復帰促進センターで
美祢市に今春オープンした民間運営の刑務所「美祢社会復帰促進センター」は、9月から併設した一般用食堂で、その日の受刑者の食事を、「美祢定食」と銘打って提供し始めた。従来の刑務所では受刑者が調理するが、ここでは民間の給食サービスを使う。評判は上々だ。
法務省は、塀の中の味を外に向かってアピールし始めた。東京で6月に開いたイベントで、初めて受刑者の食事を試食するコーナーも設けた。
実際に獄中で食べた人の感想はどうだろう。
02年春に背任容疑で逮捕され、03年秋まで512日間を東京・小菅の東京拘置所で過ごした起訴休職外務事務官の佐藤優さん(47)は、「食事としては完璧(かんぺき)」と言う。
佐藤さんは、毎日の献立を記録し続けた。
昨年末出版した「獄中記」(岩波書店)にも、食事の記述が頻繁に出てくる。焼きたてのパン、つきたての餅、温かいおかず。食欲をそそる「獄中食」は、くさい飯のイメージからはほど遠い。なかでも、カボチャの煮付け、切り干し大根、ひじきの煮付けは、忘れられない味だったという。
「房への配膳(はいぜん)の順番を毎日変えて、均等に温かい食事を配る配慮まであった。外務省の食堂より拘置所の食事のほうがずっと上だった」
バレンタインデーにはチョコレート、お盆にはあんこを添えたもち米、年末には年越しそば。正月には重箱入りのおせち料理まで出た。「食事で季節を知ることができた」という。
ご飯に肉や魚、おかずが2〜3品、汁物が標準的な食事だ。土日はデザートなどが一品増える。
「面会のない日は囚人のストレスを食い物で抑えている」というのが佐藤さんの見方だ。「食べ物に矯正や懲罰の要素はなく、むしろ『お客様』を管理しやすくすることに重点が置かれている」
では、なぜ刑務所の食事はくさい飯と言われてきたのか。
38年間刑務官を務めた元大阪矯正管区長の長谷川永・龍谷大客員教授は二つの要因を指摘する。
一つは成分の問題だ。「70年ごろまで、主食は米と麦が半分ずつで、独特のにおいがした」。麦を入れるのは経費節減だけでなく、かっけ予防の意味もあったという。現在は米7対麦3にまで麦が減っている。
もう一つの要因を、長谷川教授はこう語る。
「70年代半ばに全国の刑務所のトイレが水洗化されるまで、独房には便器、雑居房にはくみ取り式の便所があった。その隣で食事をしていたから、くさいはずだった」
法務省矯正局によると、成人の受刑者の食費は一日一人当たり約520円、被疑者・被告人は約490円。この予算で品数の豊富な食事が提供できるのは、刑務所内で調味料を作ったり、安く食材を仕入れたりしているからだという。敷地内に農園を持ち、野菜などを自給自足する刑務所もある。
長谷川教授は「70年代、米国で監獄暴動が頻発した際、原因として必ず食事のまずさが挙げられた。日本でも受刑者代表を交えた給食委員会を定期的に開いて、味付けや量などへの不満を聞いて改善している」と言う。
評価が上がったのは、塀の外の事情が変わったからだという説もある。
「インスタント食品の普及で、一般の食事が変化してきた。刑務所や拘置所の食事がおいしく感じるのは、いまも手間ひまかけて調理するからではないか」。矯正局の担当者はそう話す。
佐藤さんは、拘置所で食事に加えて差し入れを食べ、ほとんど運動をせずに過ごした。70キロだった体重が、出る時には78キロになったという。
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東京拘置所で実際に出された食事の例
=佐藤優著「獄中記」(岩波書店)から【02年6月26日】
(夕食)ビーフカレー、イカ・エビ・グリーンアスパラのシーフードサラダ、福神漬け、ヨーグルトドリンク
【9月17日】
(昼食)だし巻き卵、里芋とイカのげそ煮付け、こんにゃくとちくわの汁
(夕食)チンジャオロースー、小エビと野菜の中華スープ、野沢菜、コーヒー牛乳
【03年1月3日】
(朝食)白米飯、みそ汁、なます、煮豆
(昼食)白米飯、ウナギのかば焼き、大根の煮付け、野菜と卵のスープ、プリン
(夕食)カニ缶詰、イカ缶詰、もち、雑煮、イカとナムルのあえもの、バウムクーヘン、レモンティー
http://www.asahi.com/national/update/0908/TKY200709080169.html