あくまで慎重な運用が求められるだろう。
刑事裁判への「犯罪被害者参加制度」の新設を柱とする改正刑事訴訟法などが成立した。来年12月までに導入される。
犯罪被害者本人や遺族は、希望すれば法廷で、被告や証人に質問したり、求刑に関して意見を述べたりできるようになる。殺人や誘拐、死亡交通事故などの重大事件が対象だ。被害者は弁護士を付けられる。日本の刑事裁判の形態を大きく変える制度だ。
「裁判の蚊帳の外に置かれてきた」と訴えてきた多くの犯罪被害者は、新制度の導入を歓迎している。
被告は、自らに有利になる証言をすることが多い。これに対し、遺族しか知らない事実を示して、反論することもできる。これが、真実解明に役立つという意見もある。
一方で「被告の顔を法廷で見ることにより、改めて心が傷つく」として、制度の導入に反対してきた被害者もいる。
犯罪被害者の声を尊重するのは、当然のことだ。だが、被害者と被告のやりとりが感情的になった場合、冷静な事実認定の障害になる恐れがある。刑事裁判の運用に支障をきたす制度になってしまっては、元も子もない。
法務省は、「検察官が被害者の質問を事前チェックするので、感情的な質問は防げる」としている。しかし、それだけで十分だろうか。
検察官は、被害者との意思疎通を密にしなければならない。裁判官には、法廷の秩序を守る訴訟指揮が求められる。
新制度導入の約半年後には、裁判員制度も始まる。
被害者の発言が、裁判の素人である裁判員の心情に、どのような影響を与えるかも考えるべき問題だ。検察官が無期懲役を求刑した事件で、被害者が「死刑を」と、意見を述べるケースも出てくるだろう。その際、裁判員の量刑判断に影響を及ぼすこともあり得る。
裁判所に採用された証拠だけに基づいて、有罪か無罪か、さらに、量刑を決めるのが、刑事裁判の原則だ。裁判官は、裁判員となる人たちに、その原則を周知し、感情に流されない判断をするよう徹底することも必要になる。
被害者が参加する裁判の量刑が、参加しない裁判より重くなる、といった傾向が出ては、公正さが損なわれる。
改正刑訴法の付則には、新制度の導入から3年後の見直し規定が明記されている。法務省や最高裁は、運用状況を絶えずチェックし、必要に応じて、制度の抜本的な見直しも行うべきだ。