「自由な政治活動ができなくなる」——。松岡農水相の事務所費、光熱水費問題をきっかけに始まった政治資金規正法の改正論議で、自民党はこんな理屈を持ち出して経常経費の領収書添付に難色を示している。家賃や電気代などの内訳が公表されると、なぜ政治活動が自由でなくなるのか。「李下(りか)に冠を正さず」と繰り返す安倍首相の言葉とは、かけ離れている。
■自民の理屈、批判の声
政治資金収支報告書の支出は、事務所費や光熱水費などを含む経常経費と、組織活動費や選挙関係費などの政治活動費に分かれる。
神戸学院大大学院の上脇博之教授(憲法学)は「電気代や水道代の領収書で政治活動が制限されるはずがない。自民党は会食費などを経常経費に混ぜていると自白したようなものだ」と話す。
小林良彰・慶大教授(政治学)は「会食費だとしても、店の領収書が公表されるだけで、同席者の氏名は表に出ない。政治活動が阻害されるというのは筋が通らない」。公明党も「会食費は政治活動費だ。おかしい」と反発している。
岩井奉信・日大教授(政治学)は「民間企業では、領収書のない支出は必要経費とされない」とあきれる。
自民、公明の与党プロジェクトチームが政治資金規正法改正の議論を始めて約1カ月。4月上旬時点では、領収書の添付が不要とされている経常経費にも、1件5万円以上の支出には添付を義務づけるのはやむを得ないという意見が目立った。だが、19日の会合で、自民党が抵抗し、結論は連休明けに持ち越された。
市民団体「政治資金オンブズマン」(大阪市)のメンバー、阪口徳雄弁護士は「まさか経常経費に不正はないだろうとの想定で不要だっただけで、本来、領収書添付は当たり前だ」と憤る。
自民党内では、「事務作業が煩雑になる」「関係者との会合場所や人数は特定されたくない」といった声が噴出。公明党に対しては「制度を変えると、新たに『罪人』が出るおそれがある」とも伝えたという。
参院選に向け、政治資金の透明化をアピールしたい公明党は、自民党に「規制対象を資金管理団体に限定してはどうか」との妥協案を示した。
これに対しても、識者らは「ほかの政治団体が抜け道になるだけだ」と口をそろえる。実際、佐田・前行革担当相は昨年末、別々の政治団体の経常経費や政治活動費の付け替えをしていた問題で辞任に追い込まれた。
仮に経常経費の領収書の添付義務が、政治活動費と同様に「5万円以上」になっても、十分とは言い切れない。
小林教授は「額を区切ると、1件分の支出をその金額以下に切り分けて公表を拒む可能性がある。すべての領収書を添付するべきだ」と言う。
上脇教授は、松岡氏の9年間の交際費総額8600万円の使途がまったく示されていない問題を挙げ、「経常経費も政治活動費も1万円以上はすべて公表するべきだ」。
岩井教授は「野党にも『やぶへびは嫌だ』との警戒感が根強いが、今こそ抜本的に法改正する契機だ」と指摘する。
阪口弁護士は言う。
「これほど国民にわかりやすい形で疑念が生じたことはない。リーダーシップを発揮しない安倍首相の政治姿勢を疑う」
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■政治資金規正法改正をめぐる安倍首相の主な発言
07年1月12日 「国民から信頼を得るためにも、党改革実行本部での議論も必要だ」(記者団に)
同26日 「政治家は『李下に冠を正さず』との姿勢の下、常に襟を正していかなければなりません」(施政方針演説)
3月13日 「松岡氏は法律の要求に従って報告していると答弁している」(参院予算委員会)
同27日 「透明性の観点からも信頼される仕組みをルールとしていかに作っていくかということが大切だ」(記者会見)
4月10日 「国民から信頼されなければ政治を行っていくことはできない。そういう観点で、李下に冠を正さずの姿勢で、政治資金規正法の改正を視野に入れながら検討していきたい」(記者団に)
http://www.asahi.com/politics/update/0421/TKY200704210252.html