「NHKの職場でも女性は着実に増えている。けれど、まだ4%ぐらい。女性技術者が活躍できるよう、環境、条件が整っていくようになれば…」
東京の日本プレスセンターでの贈賞式。岡江と並んでひな壇に上がった糸林さんは、堂々とスピーチを披露した。
やんちゃ盛りの七歳と二歳の男児の母親。ラジオドラマの仕事は、その日の収録が終了するまで続き、定時に帰宅できるとは限らない。式の会場には、「(保育施設への)子供の送り迎えの九割以上をやってくれ、朝食、夕食を作ってくれる」という大学勤務の夫の姿。糸林さんは「家族に感謝しています」と、照れながら語った。
ところで、ラジオドラマの音声技術はどんな仕事なのか。東京・渋谷のNHK放送センターに糸林さんを訪ねた。
「せりふ、音楽、効果音など、別々に収録した音の素材をミックスし、ドラマの音のテイストを具現化する仕事ですね」と糸林さん。
例えば、定番の波音でも、遠くで聞こえる大きな波や、波打ち際の「チャプチャプ」という音、カモメの鳴き声など、複数の効果音を組み合わせて表現。さらに、エコーをかけたり、高い周波数をカットするなど、微妙なさじ加減を加える。「台本を読み込み、作品に合った音質とバランスを常に考えている」という。
今回の受賞に当たり評価されたのが、〇六年度文化庁芸術祭優秀賞に選ばれたラジオドラマ「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」の音声。こうの史代さんの漫画が原作で、被爆二世の視点から見た広島の原爆投下を描いた作品だ。
糸林さんは「あの時、『誰も助けられなかった』と、心の傷を負った被爆者それぞれを表したかった」と、原爆のシーンに臨場感あるサラウンド(リスナーを音が包み込むような音響)を使用。「影響が何世代にも及ぶ原爆の恐ろしさは、世界に発信しなければならない。今日的な意義ある作品が認められてうれしい」と話す。
入局当初は報道技術センターで、音声システム、照明、VTRなど、放送技術を一通り経験。職場の先輩に導かれてラジオドラマの世界に触れ、「小説を読んで、想像を膨らませるのが好きだった。それと同じような感覚。映像があると音は補完する役割だが、ラジオでは音が主役になれる」と、希望して現在の職場に移った。
「作り手とリスナーのイメージが一致するのが理想」と言い、「音声技術の存在を意識させてしまうドラマは良くない。リスナーの立場に立ち、謙虚に音作りをしている」。電車のドアの閉まる音、ホームのアナウンスなど、職場を離れても、生活音に耳をそばだてる。
音作りで苦手なものをあえて挙げると、「想像力がなかなか働かない」という戦争の戦闘シーンとか。一方で、感性に合うのは、女性の業(ごう)、どろどろとした感情が出てくる作品と明かす。「私の中に、どこかそういう部分があるのかもしれませんね」。技術の仕事は、人間くささも必要なようだ。
■音質いいFM中心に放送
NHKのラジオドラマは音質のいいFMが中心で、「オーディオドラマ」と称している。番組には、文芸作品や世相を反映した作品を放送する「FMシアター」(土曜午後10時−10時50分)、若者向けの「青春アドベンチャー」(月−金曜午後10時45分−11時)などがある。
さまざまな小道具を使って生み出される効果音は、CDなどに収録された既成の音源ではなく、ラジオドラマごとに専門の担当者が収録している。「同じ茶わんを置く音でも、緊張して置く音と怒って置く音は違う。音は演技している」と糸林さんは説明している。
いとばやし・かおる 1968年東京都生まれ。早稲田大学理工学部電子通信科卒。91年NHKに入局し、放送技術局に配属。ニュース番組の音声技術を担当し、97年にラジオドラマの音声に異動した。2002年に「アウラ」がラジオ番組の国際コンクールのイタリア賞、04年に「奇跡の星」が芸術祭大賞を受賞。サラウンド技術の第一人者で、米ニューヨークの学会で講師を務めるなど国際的にも活躍している。
<メモ>日本女性放送者懇談会(SJWRT) テレビ、ラジオ、番組制作会社、広告会社などで働く女性たちが、自らの意思で集まる非営利団体。会員は約140人。伝統ある「放送ウーマン賞」の選考は、会員と有識者の推薦に基づき、歴代会長と現職の役員が行っている。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/hog/20070320/mng_____hog_____000.shtml