機内の様子をつづった乗客のメモ
「ギア(前輪)が下りない」。全日空機のパイロットから高知空港の管制塔に連絡が入ったのは、到着予定時刻の13日午前8時55分の6分前だった。9時15分には、前輪の不具合が計器に表示され、2分後、「地上から双眼鏡で見てくれ」と、今里仁機長(36)から管制官に依頼があった。
前から5列目に座っていた京都府の会社員衣川正美さん(55)は、到着が遅いなと感じていた。予定時刻を20分過ぎた頃、同じ所をぐるぐる回っているのに気付いた。
「ただいま高知上空を旋回しています。原因はあとで説明します」。直後の9時25分ごろ、乗務員が機内アナウンスで乗客に伝えた。間もなく、機長から不具合が説明された。「前輪が下りません」
出張で会社の同僚2人と乗り合わせていた兵庫県尼崎市の会社員瀧原勇(たきはら・いさむ)さん(58)は、何かあったときに妻子に事実を伝えるため、機内での様子を名刺に書き始めた。《前輪が出ないと機長アナウンス》《トイレに立つ 同僚の顔があおざめてみえる》
10時過ぎ、機長が再びマイクを取った。「急旋回をして、前輪を出すのを試みてみます。G(重力)が大きくなるので、背中が座席に押しつけられるかもしれません」
《急せんかいで高度上昇。機長、乗務員とも冷静なので乗客も冷静》《どこが急せんかいや いつものせんかいやないか》(瀧原さんのメモから)
10時19分。「タッチ・アンド・ゴー(滑走路に接地し、すぐまた離陸すること)を実施し、衝撃で前輪が出るか確認したい」と操縦席から管制塔に要請があり、5分後に許可が出た。
《前輪完全に出ないけど着陸体制に入るという。そのあとでようすをみるという。ショックででるかもしれないらしい》(同)。だが、前輪は出てこなかった。
機長は胴体着陸を決断する。機内にはアナウンスが何度も響き渡った。「何回も訓練しているので、大丈夫です。安心してください」
《前輪なしで着陸するらしい。何度も訓練してるんやて。こんな訓練、ほんまにするの?》(同)
乗客の安全を確保するため、乗務員も胸元のペンやネクタイを外し、両手を重ねて頭の前に置いたポーズで、前の座席の背もたれに伏せて踏ん張るよう指示した。
「着陸5秒前です」。大阪府吹田市の会社員野口哲也さん(38)によると、機長は着陸5分前、2分前、1分前とその都度アナウンスしたという。「歯を食いしばって下さい。おなかに力を入れて下さい」。乗務員の緊張した大声も機内に響いた。
《ごーん、ごーん、ごーん》(同)。10時54分、着陸した際に衝撃が数回あり、「ガー」と地面をこする音が聞こえた。停止した直後には、約2時間にわたる緊迫状態が解けた機内で拍手が起きた。
裏表がびっしりと文字で埋まった名刺に、瀧原さんはこう書き加えた。
《無事着陸》
http://www.asahi.com/national/update/0313/TKY200703130335.html