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2007年03月13日(火) 23時31分

全日空事故機の機内、緊迫の様子を名刺につづる朝日新聞

 前輪が出ず上空で旋回を続けざるをえなくなった全日空のボンバルディアDHC8—400型機。これから何が起きるのだろう——。不安で落ち着かない時間が過ぎていく機内で、乗客は、機長はどう行動したのか。胴体着陸が成功し全員が無事だったいま、国土交通省が公表した管制塔とのやりとりや乗客らの証言に基づいて再現する。

機内の様子をつづった乗客のメモ

 「ギア(前輪)が下りない」。全日空機のパイロットから高知空港の管制塔に連絡が入ったのは、到着予定時刻の13日午前8時55分の6分前だった。9時15分には、前輪の不具合が計器に表示され、2分後、「地上から双眼鏡で見てくれ」と、今里仁機長(36)から管制官に依頼があった。

 前から5列目に座っていた京都府の会社員衣川正美さん(55)は、到着が遅いなと感じていた。予定時刻を20分過ぎた頃、同じ所をぐるぐる回っているのに気付いた。

 「ただいま高知上空を旋回しています。原因はあとで説明します」。直後の9時25分ごろ、乗務員が機内アナウンスで乗客に伝えた。間もなく、機長から不具合が説明された。「前輪が下りません」

 出張で会社の同僚2人と乗り合わせていた兵庫県尼崎市の会社員瀧原勇(たきはら・いさむ)さん(58)は、何かあったときに妻子に事実を伝えるため、機内での様子を名刺に書き始めた。《前輪が出ないと機長アナウンス》《トイレに立つ 同僚の顔があおざめてみえる》

 10時過ぎ、機長が再びマイクを取った。「急旋回をして、前輪を出すのを試みてみます。G(重力)が大きくなるので、背中が座席に押しつけられるかもしれません」

 《急せんかいで高度上昇。機長、乗務員とも冷静なので乗客も冷静》《どこが急せんかいや いつものせんかいやないか》(瀧原さんのメモから)

 10時19分。「タッチ・アンド・ゴー(滑走路に接地し、すぐまた離陸すること)を実施し、衝撃で前輪が出るか確認したい」と操縦席から管制塔に要請があり、5分後に許可が出た。

 《前輪完全に出ないけど着陸体制に入るという。そのあとでようすをみるという。ショックででるかもしれないらしい》(同)。だが、前輪は出てこなかった。

 機長は胴体着陸を決断する。機内にはアナウンスが何度も響き渡った。「何回も訓練しているので、大丈夫です。安心してください」

 《前輪なしで着陸するらしい。何度も訓練してるんやて。こんな訓練、ほんまにするの?》(同)

 乗客の安全を確保するため、乗務員も胸元のペンやネクタイを外し、両手を重ねて頭の前に置いたポーズで、前の座席の背もたれに伏せて踏ん張るよう指示した。

 「着陸5秒前です」。大阪府吹田市の会社員野口哲也さん(38)によると、機長は着陸5分前、2分前、1分前とその都度アナウンスしたという。「歯を食いしばって下さい。おなかに力を入れて下さい」。乗務員の緊張した大声も機内に響いた。

 《ごーん、ごーん、ごーん》(同)。10時54分、着陸した際に衝撃が数回あり、「ガー」と地面をこする音が聞こえた。停止した直後には、約2時間にわたる緊迫状態が解けた機内で拍手が起きた。

 裏表がびっしりと文字で埋まった名刺に、瀧原さんはこう書き加えた。

 《無事着陸》

http://www.asahi.com/national/update/0313/TKY200703130335.html