03年県議選に絡む公選法違反事件で被告とされた12人の無罪が10日、確定した。県警や地検という権力を相手に12人が4年近くも闘い続けることができたのは、無実を信じて支援してくれた人たちの力も大きい。600人の会員がいる市民団体「住民の人権を考える会」の会長で、志布志市にある専念寺の住職、一木法明さん(71)は、12人にとって精神的支柱だった。「一つの区切りを迎え、ようやく重い荷物を下ろすことが出来た」と笑顔を浮かべた。
始まりは一本の電話だった。
03年6月初旬のある日、午後11時半ごろ。檀家(だん・か)の谷田則雄さん(69)から電話がかかってきた。力のない疲れた声で「選挙違反容疑で何日も取り調べを受けている。体も心もズタズタです」。
◆警察への疑惑の目
「もらったのなら、正直にそう言えばいい」と言う一木さんに、谷田さんは「もらってない」と反論した。「真実を貫くための修行だと思って頑張れ」と励ました。
約20日後、谷田さんは逮捕された。「裏切られた」。正直なところ、谷田さんを疑った。
一木さんは元中学教師。住職を務める専念寺は、事件の舞台となった志布志市の四浦地区から車で20分ほどのところにある。逮捕者の中には檀家(だん・か)が数人いた。
谷田さんの逮捕数日後、残された逮捕者の家族たちの話し合いに参加した。「父は何もやってない」「母は警察に『死ね』と言われた」。口々に泣きながら訴える家族たちの姿があった。「ひょっとしたら強引な取り調べがあったのかも」。初めて警察を疑った。
四浦地区を視察に来た県議らのアドバイスで、同年8月25日、「考える会」を結成した。周囲に押されて会長に。同市文化会館で行われた発足集会には500人以上が参加した。
「県警の捜査は人権無視。真相を究明したい」とあいさつすると、会場は拍手であふれた。その拍手の大きさが、背中を押し続けてくれた。
年会費500円を納入する会員は約600人にのぼった。だが、苦悩は尽きなかった。
◆消えた不協和音
「寺の住職が犯罪者の片棒を担ぐのか」
「行き帰りは気を付けて下さい」
匿名の投書が届き、無言電話の嫌がらせが何本もかかってきた。自宅周辺には不審な車が度々姿を現した。
気味が悪かった。だが、人とかかわる職業柄、多少の嫌がらせで引き下がったら後悔すると思った。「被告にされた人たちの方がもっとつらいだろう」。妻(68)とふたりの胸の内に収め、嫌がらせに耐えた。「警察に裏切られた彼らを救えるのは『考える会』しかない」
12被告の間の当初の不協和音も大きな悩みだった。「お前が自白しなければ」「お前が立候補さえしなければ」。被告の間を飛び交う言葉に心を痛めた。集会を開く度に、募る思いを発表させ、12人の顔を見るたびに声をかけ、公判のたびに裁判所にできる限り足を運んだ。被告たちは徐々にまとまっていった。
2月23日。「無罪」が言い渡された瞬間、鹿児島地裁の傍聴席で思わず右手の拳を突き上げた。「やった!」。気がついたら叫んでいた。
「静かに」。裁判長に注意されたが、法廷を包む拍手の中で、肩の荷が下りるのを感じた。
◆「可視化」めざす
4年という年月は、一木さんにとっても長かった。12人に直接謝罪する意向のない県警については「人として許されない。無実の人をつかまえた事実が明らかになっているのに、謝らないのは人の道に反する。青少年を指導するべき警察が謝罪の心をもっていないのは悲しい」。さらに「県警のいう『安心・安全』のまちづくりを自分で壊してしまっている」。
取り調べの可視化が実現するまで、頑張るつもりだ。「可視化発祥の地」と刻んだ碑を四浦地区に、建立する。
それが次の目標だ。
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