「わずか六百四十七日の人生。短すぎます」
「なぜこんなことが起きたのか。何度も自問しました。でも答えは見つかりません」
長女の愛ちゃん=当時(1つ)=を失い、自身も重傷を負った会社員筑井康隆さん(42)は、半沢被告の公判で、震える声で事故を振り返った。
「トラックの音がして、愛を抱きあげた。その後の記憶がないんです」。記憶が戻った時、愛ちゃんを抱いて助けを求める妻の声が聞こえた。
相模鉄道二俣川駅に近く、買い物客や電車の利用者が行き交う現場の商店街は、一方通行で車の交通量は少ない。空を見上げると、電線が複雑に交差している。
県警の調べでは、ショベルカーのアームは完全にたたまれておらず、アームの最高部は、道交法の制限(三・八メートル)を超す四・二五メートルだった。一方、ショベルカーが引っかけた電線は、市の基準(四・五メートル)より低い四・一九メートル。筑井さんは「電線が基準通りの高さなら事故はなかった」と繰り返し、悔しがる。
県警は当初、電線の設置業者についても立件を模索。しかし、電線の高さなどを定めた道路法に罰則規定はなかった。電線設置の際の届け出を定めた有線電気通信法の適用も、時効の壁に阻まれた。県警交通捜査課は「適用できる法律がない」と話し、立件は極めて難しい状況のようだ。
一方、市は電線の占有を許可しながら高さを確認しなかったことを認め、「設置を認可したことと道義的責任がある」と謝罪したものの、「電線設置後の検査基準はなかった」と釈明。今後は「写真の提出を求めるなど確認方法を検討している」という。
電線と車両の接触事故について、県警は「物損事故として処理されており、正確な数字は分からない」とし、今回のような死傷事故は想定外だったとしている。だが、県内に二百七十三万本の電線を持つNTT東日本によると、車の接触など自然災害以外の原因で電線が切断された事故は、二〇〇六年四月から今年二月の間、県内で約四百五十件も起きていた。
事故後の市の調査で見つかった基準より低い電線は、約一万七千四百本。市は東京電力やNTTなどに三月末までの改修を求めているが、「三月中に終えるのは難しい」(市道路局)という。東京電力神奈川支店は「不在の家が多く、改修に必要な家主の了解が得られない」と内情を明かす。
長い間、放置され続けた基準より低い電線は、事故から四カ月たった現在も改修が終わっていない。法と行政の死角で起きたとも言える今回の事故。「愛の死を無駄にしたくない」と話す筑井さんの無念は、晴れるのだろうか。
<メモ>横浜市旭区の街路灯下敷き事故 起訴状などによると、横浜市瀬谷区の土木作業員半沢広高被告は2006年11月2日夜、同市旭区二俣川の二俣川銀座商店街で、アームを完全に折りたたんでないショベルカーを荷台に積んでトラックを運転。市の基準より低い電線を引っかけて街路灯を倒し、下敷きになった会社員筑井康隆さんの長女愛ちゃんを死亡させ、筑井さんに胸の骨を折る重傷を負わせた。県警は、同年12月、道交法違反容疑(積載物高さ制限超過)などで、同被告が勤務する建設会社と、ショベルカーを積んだ男性社員(34)を書類送検した。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20070308/eve_____sya_____001.shtml