レトロな味と瓶が人気のツルヤ食料品研究所の飲料。奥は上田安子さん=神戸市兵庫区で
JR神戸駅近くにある同社をのぞくと、上田さんが瓶のケースに囲まれた作業場で、名古屋から来た大学生(27)と話していた。インターネットでツルヤの製品を知って個性にひかれ、上田さんに会いに来たという。
主力のネーポンは、90年代前半に故中島らもさんのエッセーやテレビ番組で取り上げられ、時代遅れな感じから「幻のジュース」と注目された。昨年、廃業の話がネットなどで広まると、全国からファンが訪れるようになった。
ネーポンのほかにも、派手に着色したソーダや、手づくりしたぜんざいや甘酒を売っている。
製品に、現代社会が失ったおおらかさがあることも、人気の理由のようだ。例えば、一部のネーポンの瓶には「ミス・パレード」のロゴがある。昔あった商品の名前だ。別の業者名が刻まれた瓶も。「もったいないから」空き瓶の回収を重ね、54年の創業以来ずっと使っているものもあるという。
そんな「いい加減」が受けてはいても、同社の製品への思いはいたってまじめだ。60年代前半に生まれたネーポンは、無果汁の清涼飲料を健康的なものにしようと、ネーブルやポンカンの果汁を加えたものだ。甘酒は米を炊くことから始め、経験を頼りに丸2日かけてつくる。
同社は上田さんの義父が創業。ソーダ水や瓶詰のぜんざい、ノンアルコールの甘酒などを主力商品に、大阪や神戸の喫茶店、銭湯、競艇場などに販路を広げた。大手メーカーとの競争で零細業者が相次いで倒れるなか、独特な品ぞろえで生き残った。
80年ごろまでは家族と従業員の計約10人が働いていた。忙しいときは連日、3千本以上を生産したという。だが、95年の阪神大震災で、お得意さんの小さな喫茶店が軒並みつぶれた。翌年には、2代目で夫の裕久さんが64歳で亡くなった。
最近、レトロな瓶が人気となって返却率が悪くなり、足りなくなってきた。新たに瓶を注文するほどの余力はなく、体もしんどくなったので、店じまいを決めた。
後を継ぎたいという申し出もあるが、その気になれないという。「商売になる見込みがないものは任せられない。残念やけど」。上田さんのこだわりがのぞいた。
http://www.asahi.com/culture/news_culture/OSK200702240017.html