見城氏は角川書店時代につかこうへい氏「蒲田行進曲」など5作の直木賞を担当して同社の名物編集者として知られた。社長として93年に幻冬舎を設立後も編集者として石原慎太郎氏「弟」などミリオンセラーを手掛けた。
出版界の風雲児への執筆依頼は数多くあったが、編集者に徹してきた。しかし、50代後半を迎え「人生の幕をどう下ろすか?」と自問するようになったという。太田出版社長で親友の高瀬幸途氏が、最後に手掛ける出版物として担当を買って出たこともあり、承諾した。
編集者は、原稿管理だけでなく、作家にアドバイスを送る重要パートナーでもある。特に見城氏は作家やアーティストへの「食い込み」が深い。ロック歌手の故尾崎豊さんの作家としての才能を引き出したが、尾崎さんのために、資金とスタッフを集め個人事務所立ち上げに奔走した。サラリーマンの範ちゅうを逸脱した行為だったが、自分にだけ向き合わない限り心を許さないカリスマロッカーには、すべてをささげるしかなかった。
尾崎さんの精神状態が不安定な時期だったこともあり、自殺を考えるほど、追いつめられた日々だった。それでも、のたうち回った日々が、大手出版社を離れ、後に幻冬舎を設立する原点になったことなどが記されている。
http://www.asahi.com/culture/news_culture/NIK200702220008.html